英国ウォーリック大学経営大学院ドクタープログラム修了後、2005年神戸大学大学院経営学研究科教授、経営学博士。専攻は人的資源管理、経営組織。
いわゆるバブル経済が崩壊した1990年代以降、日本においてもMBAという資格に大きな関心が集まりました。 周知のように、MBAとはMaster of Business Administration の略称で「経営学修士」とも訳されます。 企業経営を科学的に分析し経営実践に役立てる目的で設立された、大学院での高等教育課程を修了すれば得られる資格のことです。
プラグマティズムの伝統があり、何ごとにおいても実益を重視する文化特性をもつアメリカでは、
ビジネススクールでの学修が事業を成功させるうえでの重要な手段であると位置づけられます。
1881年のウォートンスクールを皮切りに、1908年のハーバード・ビジネススクールなど、多くのビジネススクールが設立され、現在に至っています。
MBAを取得することが将来的に企業幹部になるうえで要件のひとつとされ、MBAは社会的にも認知された重要な資格です。
これに対し我が国では、2003年に文部科学省が従来の研究中心の大学院課程とは別に「専門職学位」課程を設置したことを契機に、
ビジネススクールの開設が相次ぎました。しかし、日本の多くのビジネススクールでは実員が定員を下回っており、
せっかくコースは開いたものの学生が集まらない、いわゆる開店休業状態に近い大学も多いのが実情です。
日本のMBAはアメリカほどの人気がありません。
それだけ、まだMBAという資格が日本社会に認知がされていないことの裏返しであるとも言えるでしょう。
日本社会で十分にMBAが資格として認知されていないのには理由があります。それは、端的に言ってしまうと 資格を転職に活かすという発想が、未だ日本においては認められにくいためです。
私はかつて、日本のMBA生や大学を対象に実態を調査したことがあります。実態調査の結果、受講生のMBA取得の目的が
日米で大きく異なることが分かりました。
MBAという資格の取得がすぐに、より条件のよい企業への転職につながるのがアメリカです。
これに対し日本のMBAコース受講生は転職につなげようという動機はほとんどなく、むしろ他社とのつながりを探り、他社の情報を得たり、
純粋に経営学上の理論や知識を学習したりするために入学してくるケースが大半でした。
加えてMBAコースで教育される内容についても、日本とアメリカでは大きく異なることも明らかになりました。 アメリカでは、すぐに実践に役立つ分析ツールや実際のケーススタディを中心にディスカッションをさせて考えさせるスタイルの授業が中心です。 もちろん一口にアメリカといってもスクールによって相違はあります。 よく知られているように、例えば老舗のハーバード経営大学院はケーススタディで有名です。 大学院によって、科目ごとに得手不得手もあると言われています。
一方、日本のMBAスクールではどちらかというと理論ベースで展開され、とりわけ90年代の開設当初はすぐに実践のための手法を 教えるというよりは、社会科学のアカデミズムの延長線上という位置づけで教育されていたことが多かったようです。 日本の大学では、これまで社会人への教育経験のない教員が大半でしたから、大学サイドの事情として、学術研究の延長線上として MBA教育も位置づけざるを得ないという事情もありました。 アメリカではビジネスは社会科学の一分科ではなく、もちろん自然科学の分科でもなく、いわゆる実学として独立したひとつの領域という 認識です。
このように同じMBAと呼ばれる資格でも、日米間でその内実は大きく異なっています。
では具体的に、日本のビジネススクールでは、何をどのように教え、受講生はどういった能力を身につけることができるのでしょうか。
社会科学の延長線では役に立たないのでしょうか?
これまでに日米間でMBAの内実は大きく異なることをお話しました。日本においてMBAスクールに通う受講生の期待の多くは、 MBAスクールで得られる知識や経験を「実践に役立てる」こと、ざっくり言ってしまえばこの一点に尽きます。では「役に立つMBA」とは どういうことなのでしょうか。
私が勤務している神戸大学のMBAは、働きながら学べることを最大の売りにしています。主に30歳代から40歳代の働き盛りで、 将来その企業を背負って立つクラスの経営幹部になることが期待されている人たちが、勤務のない週末や平日の勤務終了後に大学まで通い、 授業を受講しているのです。
私の知る限り、神戸大学に通う大半の受講生がMBAコースに入学する前に期待しているのは、経営戦略や人的資源管理、会計、
ファイナンス、テクノロジー・マネジメントなどMBAの主要領域で企業経営に必要な一通りの理論や知識を学習し、それを実際の企業経営に
フィードバックして実務に活かすことです。
しかし、実はこの「理論や知識を実務に活かす」という考え方は、注意しないと陥ってしまう罠が潜んでいます。
MBAで学んだ理論や知識を実務に活かそうと考えている受講生が陥りがちな過ちは、そうした理論がそのまま実務上の問題に 当てはめることができ、またその理論を適用しさえすればすぐに問題が解決する、少なくとも解決の方向性がわかり、その方向へ向かって 舵を切れるというように考えてしまいがちなことです。確かに「理論」は本来普遍的な妥当性をもってしかるべきものですから、 そのような期待を受講生が抱いてしまうのも無理のないことかもしれません。
しかし、経営理論を学習した読者には容易に理解できることと思いますが、授業で習った理論がそのまま当てはめて解ける問題など、 現実には滅多に存在しないのです。現実の企業における実務上の個々の問題には、その背後に実に多種多様な要因が複雑な形で絡み合って いて、そう単純には教科書に出ている理論を用いることなどできません。
例えば、企業の業種や規模が同一であっても、実際にそこで働いている従業員のトータルな質のあり方は、企業が100社あれば100通り 存在するでしょう。とすれば、理論を適用する前にまずは自社の従業員の質の把握をしなければならないことになりますが、何を基準に どうやって人材の質を測定すればよいでしょうか。これまた難題です。
理論や知識がダイレクトに実践に役立つことが少ないとすれば、大枚を叩いてMBAスクールに通い、身につけられるのは どういったことなのでしょうか?
その問いに対する私の答は、ずばり「これまで自分が考えてきたような単純な理論や知識では、 決してビジネスの問題は解決しないことが分かる」という点です。あるいは、ひとつの問題に対するアプローチも複数あり、 どれが優れた解決法であるかはその論者や立場によって主張がまちまちであり、唯一最善の解決策は存在しないことが理解できるという ことと言えるかもしれません。要は「簡単には解決できない」ことが認識できるのです。
神戸大学のMBAでは、10数名程度の比較的少人数のゼミでディスカッションをしながら最終的には学位論文を書き上げることが 最終目標です。受講生はゼミでの経験を通じて、ひとつの問題であっても実に多種多様な物事のとらえ方があり、自社では当たり前だと 信じて疑わなかった社内常識や職務命令を相対化し、客観視することができるようになること、換言すれば自分の頭で考えられるように なることが、MBAで得られるべき最大の収穫となるでしょう。
MBAに行けば、我が社の問題の解決策を手っ取り早く教えてもらえるわけでは決してないのです。
下記情報を無料でGET!!
無料セミナー、新作研修、他社事例、公開講座割引、資料プレゼント、研修運営のコツ
※配信予定は、予告なく配信月や研修テーマを変更する場合がございます。ご了承ください。
配信をご希望の方は、個人情報保護の取り扱いをご覧ください。
無料セミナー、新作研修、他社事例、公開講座割引、資料プレゼント、研修運営のコツ
登録は左記QRコードから!
※配信予定は、予告なく配信月や研修テーマを変更する場合がございます。ご了承ください。
配信をご希望の方は、個人情報保護の取り扱いをご覧ください。
人事のお役立ちニュース