英国ウォーリック大学経営大学院ドクタープログラム修了後、 2005年神戸大学大学院経営学研究科教授、経営学博士。専攻は人的資源管理、経営組織。
書店のビジネス書コーナーに行くと、ロジカル・シンキングや論理的思考のトレーニングのための書物が所狭しと並べられています。
しかし、もののビジネス書を読んでみると、ロジカル・シンキングの必要性やその基本的な特徴については書かれていても、いったいどうすればロジカル・シンキングを身につけていくことができるかについては、あまり詳細に書かれていないようです。
以下では、すぐに実行可能なロジカル・シンキングの極意について述べてみることにしてみましょう。実は、問いかけの方法をちょっと変えてみるだけです。
まず、当たり前のことですが、ロジカル・シンキングとは「論理」(ロジックス、logics)をもとにした思考法であることを理解する必要があります。
ここで重要なのは、論理とは何か、ということです。
その問いへの回答をわかりやすく一言で答えるなら、それはずばり「なぜ」("Why")を考えてみることです。
このWhy型質問に加え、それは「何か」を問うWhat型質問もあわせて自分の思考様式の中に取り入れ、思考の枠組みを組み立てていくこと―これがわたしの考えるロジカル・シンキングの要諦です。
多くのビジネスパーソンの皆さんは、ビジネスの日々の局面で「なぜ」を真剣に考える機会は少ないのではないでしょうか。
多くの企業では、日々こなしていかないといけない業務が山のようにあり、じっくり「なぜ?」と問うてみる暇などほとんどないと推測されるためです。
そのため、多くの皆さんは「どうやったらそれがうまくできるか」つまり、How to型の質問が真っ先にきてしまいがちです。
How to型の質問は、もちろん重要です。それは、具体的な解決方法を教えてくれる質問の仕方です。(ちなみに、この小稿も「どうやったらうまくロジカル・シンキングを身につけられるか」というHow to型質問になっています。)
しかし、このHow toより先に考えなければならない問いがWhatとWhyなのです。
まずWhat型の質問は、いま自分が考えようとしている事項や対象を厳密に規定します。
例えば、とある人事マネジャー氏が「どうすれば、我が社に成果主義がうまく導入できるのだろう?」と漠然と考えていたとしましょう。
これは「どうすれば」という問いなので、How to 型の質問です。
ただ、このままではすぐに成果主義導入へ向けた妙案は思いつきません。
そこで、「今いわれている成果主義とはいったい何だろう?」というように"What"を問うてみるのです。
成果主義とは何かについて、漠然としたイメージや印象は誰しもがもっているのですが、この問いにきっちり正確に答えられる人はなかなか居ないはずです。
考えようとしている事項や対象が曖昧なままで思考を進めると、多くの場合、危なっかしい、あやふやな議論に陥りがちです。
まず、成果主義とは何かという基本的な認識を整理し、きっちり物事を考えていくための土台を作るのが、このWhat型質問の役目なのです。
ここで留意しないといけない点は、逆説的ですが、必ずしも「完璧に規定する」必要はないということです。
学術的に議論しようとすれば、完璧レベルでの正確さももちろん必要になるのですが、それよりも、自分がこれから考えようとすることを自分なりに明確化できていること、こうであれば自分の考える成果主義だけれども、こうであればそうではない、というレベルにまで考えておけば、ひとまず十分です。
What型質問ができあがれば、次はロジカル・シンキングの本丸Why型質問の出番です。
What型質問で考え方の土台を厳密に規定することができれば、次はいよいよWhy型質問の出番です。
一見、難しそうに感じられるかも知れませんが、恐れる必要はまったくありません。
実は、ちょっとした工夫を凝らすだけで、あらゆる問いは、すぐにWhy型質問に衣替えできてしまいます。
前章で例示した「どうしたら我が社にうまく成果主義を導入できるだろうか」という問いも、ちょっとした工夫をするだけで、Why型質問に修正できます。
その問いを裏返せばいいのです。
つまり、「我が社ではなぜ成果主義を導入できていないのだろうか?」というように、現状の原因や理由を問う形の質問にすればいいのです。
ここでWhy型質問を作成する際のコツはHow to型質問を裏返すというテクニックです。
「どうやって成果主義を我が社に導入できるか」という問いの奥には、我が社では実際に成果主義のシステムが導入できていないという現実が潜んでいます。
こうした、理想を実現できていない現状に対して「それができていないのは、なぜ?」という形でメスを入れてやるのがここでいう「裏返し」のテクニックです。
「なぜ?」を問う本質は、その事象の理由や原因を明らかにすることにあります。
つまり、Why型質問に衣替えすることで、因果関係の明確化へ向けて自分なりにいろいろと考えるきっかけを作ることができるのです。
もちろん、現実はいろいろな要因が複雑に絡み合って構成されていますから、正確な因果関係をつかむことはできないことの方がむしろ多いのですが、Whyを尋ねることで、How to型質問で尋ねているときよりも物事の本質がよく見抜けるようになっていきます。
これでひとまずWhy型質問は完成です。次のステップはこの質問に対する解答を自分で考えていくことです。
Why型質問に対する自分なりの解答を考える際に重要なポイントは、いくつもの可能性を列挙してみることです。
現実の状況は、実に多様な要因が複層的に絡み合って構成されていますので、たった1つの可能性を考えるだけでは不十分です。
現実的可能性が殆どないようなストーリーであっても、ロジックとして考えられる限り、とりあえずは排除せずに列挙しておくという姿勢が重要です。
不要なものはあとから削除したり、整理したりすればよいわけですから、まずはできる限り多くの可能性を考え、いろいろと挙げておくことが得策です。
さまざまな可能性を考えるに当たり、自分はこうだと考えるけれども、上司のAさんならこう言うだろうとか、同僚の B さんならああ考えるだろうとか、こういった、いわば"他者のロジック"についても考えておかなければなりません。
自分の立場をいったん離れて、他者の立場に立ちながら思いを馳せると、より客観的・相対的に、冷めた眼で、現実を見つめることができます。
そして、冷静に考えてみると他者の考えるロジックの方が正しかったと思えることも、実は多いのです。
普段から周りを見る余裕がなかったり、視野が狭くなりがちだったりする人の場合には、この「他者の立場に立って考え直す」という作業は意外に難しいものです。
いろいろな可能性を考えながら要因を挙げ、ストーリーを複数考えることができれば、次の作業はそれらを整理することです。
この種々雑多な要因の整理に力を発揮するテクニックが、いわゆる「MECE」(ミースまたはミッシー)と呼ばれる考え方です。
MECEとは、"Mutually Exclusive Collectively Exhaustive"の頭文字をとった呼び方で、直訳すると「相互に排他的で、かつ全体として尽くされている」こと、すなわち「漏れなく、ダブりなく」要素を挙げて整理すべし、という考え方です。
このMECEは、欧米のロジカル・シンキングのテキストブックには必ず出てくる、基本中の基本の考え方の1つです。
整理のテクニックとしての MECE(Mutually Exclusive Collectively Exhaustive)の考え方のもっとも重要な基本は、重複や漏れがないように配慮しながら要素を挙げ、説明しようとしている対象にアプローチしていくことにあります。
例えば、前回例示として挙げた成果主義の自社への導入について再び考えてみましょう。
もしあなた自身が上司から「我が社も成果主義を導入しようと思うが、そのメリットとデメリットとをまとめてくれ」と指示されたとしましょう。
あなたは我が社の事業や内部のマネジメントの現状について情報を収集し、分析しようとするでしょう。
その際に、重複や漏れがないように要素に分け、成果主義の我が社への導入の功罪についてまとめていかないといけないのです。
例えば、当たり前のことですが、企業やマネジメント(経営者)サイドにとってのメリットだけでは不十分なわけで、それに加え、マネジメントされるサイド、成果主義を実際に導入される従業員の事情を考えてやらないといけません。
極めてラフな分け方ですが、経営者サイドとか従業員サイドとかいうのが、ここでいう「要素」にあたるのです。
もちろん、これ以外にも考えるべき「要素」はたくさんあります。他社の状況も考えないといけませんし、財務的な視点からの検討も必要でしょう。
ただ、こうしたそれぞれの要素は、ひとまず経営者サイドとか従業員サイドとかいう要素とは、別次元に整理されるべき要素です。
これら諸要素をすべて一緒に同列に論じようとすると、部分的に要素が重複指定しまい、話がロジカルに進まなくなってしまいます。きっちりうまい切れ目で分けてやらないといけないのです。
一般に、論理には決まった構造があります。決まった構造があるということは、"自由気まま"に自己主張をするのが論理ではない、ということを意味しています。
このことを十分に理解していないと、「論理的に述べる」ことと「自由に自分の主義主張や意見を述べる」ことを同一と思い込むという過ちを犯してしまうことになります。
常時、「なぜ、わたしの上司は自分の意見を聞いてくれないのだ」という不満を持っている方も居られるようですが、自分の意見を述べる前に、まず論理を組み立ててやらないといけないのです。
主義主張は、基本的に自由であり、決まった構造はありません。いわば、「好き嫌い」の世界です。好き嫌いの思いや感情だけでは相手を説得できません。
例えば、大学の教養の授業で「論理学」を勉強された方ならわかると思いますが、「論理」には、個人の"思い"が入り込む余地がない、無味乾燥な命題で示される世界です。
例えば「梅干しは酸っぱい」という命題があったとすると、この「逆」の命題は「酸っぱければ梅干しである」であり、「対偶」の命題は「酸っぱくないものは梅干しではない」となります。
「逆」はもとの命題と同じ意味ではないですが、「対偶」の命題はもとの命題と全く同一の意味になることが知られています。
何をつまらない無味乾燥なことを、と思われるかも知れませんが、このように論理学の授業のようなことを敢えて述べるのは、論理には決まった構造があり、自由気ままに自己の思いを述べるのとは異なるということを示すためです。
論理は、単なる主義主張とは異なり、「好き嫌い」ではなく、「正しいか正しくないか」、つまり真偽をきっちり判定できる代物です。
論理を組み立て、いかに自分の「思い」が、単なる主義主張とは異なり、客観的にみて妥当であり、正当であるかを相手に示してやらないといけないのです。
論理的トレーニングに関する書物を多く執筆されている野矢茂樹氏(東京大学)は、この点を、「論理的思考力の嘘」と表現しておられます。論理力と思考力とは全く別物、ということです。
ただし、論理的であろうとするあまり、自由な主義主張が全く不要であるということでは決してありませんので、注意して下さい。
まずは自由に発想し、その後にそれを伝える段階で論理を使えばいいのです。
論理だけで説得しようとすると、むしろ逆効果になりかねません。
論理には構造があるけれども、思考の本質は自由で、相手の説得にはこの両者をうまく組み合わせてやることが肝要なのです。
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