壁を乗り越える

リーダーとしての転換点

創立20周年企画「壁を乗り越えた経験大賞」大賞(20代)

 新卒の3年間は営業をし、その後は部署異動で営業事務の仕事をしている。「仕事の報酬は仕事」というのはよく言ったもので、頑張ろうと寝る時間を削り、何とかして間に合わせた仕事が、次の日には質的にも量的にも、私の基準になっている。

 やればやるだけ、私に求められるハードルが上がり、その内、当たり前とみなされている。なんだかなあという不満もあったが、求められるクオリティ以上のアウトプットを出し続けた結果か、20代後半の比較的早い段階で、チームのリーダーとなった。リーダーになっても、私の仕事のスタイルは変わらなかった。今の私に求められている基準を超えるために、私は頑張り続けないといけない。

 ある日、チームのあるメンバーを職場で探していた。午後の会議のことで確認したいことがあったのだが、昼休みが終わった時間になっても席に戻っていなかった。給湯室で見かけたそのメンバーの背にホッとして肩を叩くと、顔がぐじゃぐじゃだった。ポケットからハンカチを取り出して、渡した。

 泣いていた理由をこちらから聞いてよいものか、それとも黙って待つべきか少しの間悩んでいると、メンバーは暫くして、
  「一緒に住んでいた猫が死んだんです」
 とポツリと告げた。病気が分かって手術もしたが、あっという間だったらしい。
  「有給をとって実家に会いに行ったのが最期のお別れでした」

 全然知らなかった。私用での有給理由は聞かれないため、ただ遊びの用事があるんだろう、位に捉えていた。
  「そんな辛いこと、言ってくれたらよかったのに」
  「リーダーも弱音吐かずに頑張っているのに、自分だけ落ち込んでいるわけにはいかないですよ」
 メンバーの目からはハンカチが間に合わない位、ポタポタと涙があふれた。

 私は自分を恥じた。自分ががむしゃらに耐えて頑張ることが、周りの人にも頑張りを強いるなんて思い至らなかった。もし、私が弱音を吐いたり、周りを頼ったりすることができていたら、違っていたかもしれない。メンバーの涙を私は忘れないように心に刻んだ。「とにかくがむしゃらに頑張る」という今までの仕事のスタイルから脱却すること。私にとって、それは大きな壁だった。

 その日から、苦手な分野は積極的に得意な後輩に教わったり、少しずつだがプライベートの話題も自分から話したりするようにしている。過去のやり方にしがみつかず、見栄を張らず、自分自身をまっすぐ見せられるようになった時、私もようやく周りの人の取り繕っていない姿を見ることができるかもしれない。

 今、私が目指すリーダーはぐいぐいと周りを引っ張る強烈なリーダーシップを持った人でも、かつての私のように徹底的に自分が仕事をこなし部下に刺激を与える人でもない。仕事を抱え込んでゲームオーバー寸前になった恥ずかしい失敗も持つ等身大の存在として、チームのメンバーと同じ目線で共に仕事をしたいと思う。

「壁を乗り越えた経験大賞(20代部門)」大賞
氏名 こてぃ 様

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