岩崎小彌太に浸る7日間vol.5「三綱領につながる小彌太の哲学②Speculationを排せよ」
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Speculationを排せよ
前回も触れたように、大戦景気とそれに伴う投機ブームが起こりましたが、小彌太はそれを諫め、「浮華放漫の弊を去り、質実堅忍の風を振興して人心を緊張せしむること」と檄をとばしました。1920年5月に小彌太は商事会社の場所長を本社に召集して会議を開き、後の三綱領につながる自らの3つの哲学を語りますが、その1つ目は「生産者と消費者に対する自社の社会的責任」(vol.4参照)、そして2つ目が以下の「Speculationを排せよ」というメッセージです。
「Speculation(投機)に就き一言申し述べて置き度(た)い。私は我々の仕事には原則としてどこ迄もSpeculationは排斥したいのであります。成る程広義に解釈しますれば、我々のLife itseif is speculationともいえるでありましょう。総ての事業にしてSpeculative elementの無きものなしともいえるでありましょう。然し(しかし)乍ら(ながら)許すべからざる投機と、許すべき思惑との間には、常識をもって厳然たる区画を置くことが出来ると思います。万一を僥倖し一攫千金を夢み、暴利の獲得を目的として為したる投機と、繊細なる調査研究の上に立ち、周到なる計算によりて為されたる思惑との間には、其の衝に当たる者の動機において大いなる差があるのである。私は此の問題に就いては、形式上の区別よりは寧ろ(むしろ)当事者の動機に重きを置くべきであると考えるのであります。世間の所謂商事に従う者、今や滔々(とうとう、よどみなく)として射利投機に走りつつある今日の際でありますから、我々は此の風潮に倣うてはならぬのであります。此の点も十分御注意を願いたい。」 (宮川隆泰『岩崎小彌太~三菱を育てた経営理念』中央公論社、1996年、90~91p)
三菱商事は商社なので社業そのものが投機を行うことですが、それを行う側の動機が大事で、それは正当な目的、計画で行われたものでなくてはならず、投機ブームにのっかり一攫千金を狙うものはダメだと言っています。この小彌太の哲学は、経済活動が自社のみの利益を生み出すための目的であってはならず、国家・社会に貢献するものでなくてはならないという考え方が前提にあるものでした。
射利投機の風雲児・鈴木商店
その小彌太が嫌う投機で、第一次世界大戦を契機に急成長したのが「鈴木商店」でした。鈴木商店は、大戦は早期に解決するという日本の大方の予想を尻目に、海外の電報を駆使して大戦の戦況の情報を集め、分析の結果、大戦はしばらく続きその間物価が高騰すると判断し、イングランド銀行から巨額の融資を受け、世界中で投機的な買い付けを行います。また、貿易の仕方も独特で、鈴木商店の番頭金子直吉の指示を受けた高畑誠一が日本を介さない三国間貿易を初めて行うなど、独創的な手法で売り上げを急拡大します。
1918年~20年の鈴木商店の売上は16億円に達し、三井物産や三菱商事を上回りましたが、金子はロンドン支店宛ての手紙の中で「この戦乱を利用して大儲けをなし、三井、三菱を圧倒するか、あるいはその二つと並んで天下を三分する」と豪語しています。
金融恐慌の発生と鈴木商店の破綻
しかし、1920年の大戦後の戦後恐慌で鈴木商店は一転、赤字経営に転落し、1923年の関東大震災によりさらに大きな打撃を受けます。また鈴木商店の経営悪化に巻き込まれたのが、その機関銀行である台湾銀行でした。台湾銀行は、1920年代後半の時点では、総貸出額7億円余りのうち、半分近くの3億5,000万円を鈴木商店に貸出しているほどの蜜月関係でした。鈴木商店の負債も台湾銀行がその大部分を肩代わりしていました。
関東大震災が発生すると、政府は震災手形善後処理の2法案を公布しました。これは震災前に銀行が割り引いた手形(手形割引とは、金融機関または業者がその受取手形を支払期日前に買い取って現金化すること)のうち決済不能になった損失を日本銀行が補填するもので、この法案や制度の成立には鈴木商店の金子直吉から政治家への働きかけがあったとも言われています。鈴木商店と台湾銀行はこの制度を利用し、損失の穴埋めを行います。1926年12月末の震災手形における合計2億680万円のうち、台湾銀行は1億4万円で48%を占め、その台湾銀行の手形のうち7割が鈴木商店のものでした。
そうした中、鈴木商店と台湾銀行に追い打ちをかけたのが、1927年の金融恐慌の発生でした。1927年3月、当時の大蔵大臣・片岡直温が「東京渡辺銀行が破綻した」と発表します。しかし、その発言時点では東京渡辺銀行はまだ破綻していなかったのですが、その失言によって発生した取り付け騒ぎで実際に東京渡辺銀行は破綻してしまいます。その騒ぎは他の銀行にも飛び火し、台湾銀行は鈴木商店の多額の負債で瀕死状態でしたが、政府から出された台湾銀行救済緊急勅令案が枢密院で否決されると、ついに休業に追い込まれました。鈴木商店もそれに連動し、事業停止となりました。
"5大銀行"への預金の集中
このように第一次世界大戦の投機ブームで鈴木商店などの商社、また商社に融資をすることでタッグを組んだ機関銀行が、次々と破綻をしていきましたが、三菱銀行は鈴木商店・台湾銀行ともまったく取引がなく、このことが一般の人々の三菱銀行に対する信用を高めることとなりました。
銀行の預金量が増えたのは三菱銀行だけでなく、三井・住友・安田・第一の5大銀行も同様でした。金融恐慌により国民は中小の銀行に対して警戒感を抱くようになり、預金が5大銀行などの大銀行に集中することとなりました。
しかし、小彌太の射利投機に対する警鐘がなければ、三菱商事も投機ブームにのって、思惑取引(商品や証券などの売買について、将来の値上りや値下りを見込んで、(思惑で)売ったり買ったりすること)を増やし、恐慌で大損失を出し、三菱銀行もそのあおりを受けたと思いますが、三菱商事が小彌太の投機に対する戒めを受けて、思惑取引を警戒し、もしやむを得ず行う場合でも、なるべく短期に留めるように警告していたことなどが奏功して、金融恐慌を乗り切ることができました。
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