「人的資本経営」という言葉、最近になって聞く機会が増えたのではないでしょうか。しかし、「具体的に何から始めていいのか分からない」「開示が義務化されるらしいが、何も準備ができていない」と切実なお悩みも伺います。
本ページでは、「人的資本経営とは何か」「重視されるようになった背景」「人事・経営陣の皆さまの具体的な取り組み」などについて、一から丁寧に解説いたします。
人的資本経営とは
人的「資本」経営は、「人」を大事にする経営のこと
人的資本経営は「人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方」のことです (※1)。
経営を行うときに、ヒト、モノ、カネ、情報の4つは「4大経営資源」と呼ばれてきました。ヒトはその中の1つ、「人的資源(Human Resource)」です。「資源」という言葉は、「すでに持っているものを使う、今あるものを消費する」意味が強く、できる限り消費を少なく抑え、効率的に活用することが求められてきました。
「人的資本経営」は、「人」をそういった「資源」として見るのではなく、「資本」として捉える経営の考え方です。人の成長や育成に投資をすることで、人の可能性を最大限に引き出し、企業としての競争力向上、価値向上につなげていくことを指します。
人的資本経営が重視される背景
では、なぜ人的資本経営が注目されるようになっているのでしょうか。ここでは3点取り上げます。
(1)ESG投資への関心
ESGとは「環境(Environment)」「社会(Social)」「ガバナンス(Governance)」の頭文字を取った言葉で、企業価値を測る指標として注目されています。
近年、企業は環境問題への配慮や人権問題などの社会課題解決に向けて尽力しつつも、業績を向上できているかが評価されるようになりました。投資家の間では、これらの取り組みを考慮して投資先を選ぶESG投資が主流です。
人的資本への投資は、ESG投資の「社会(Social)」に位置付けられ、組織の持続性を測る重要な要素となっています。
(2)人材の多様化
非正規雇用や時短勤務、外国人従業員、シニア世代の増加など、働く人材も働き方も多様化しています。今後もますます、多様な人材を登用することになるでしょう。そのため、従来の画一的な教育ではなく、一人一人の能力やスキルを考慮して「個の力」を強化する人材育成が求められています。
(3)変化に対応できる「人」の重要性
グローバル化、少子高齢化、コロナ禍など急激な変化に対応できるのは企業の中の「人」です。「人」は新しい時代に合うアイデアを出し、困難の道を切り開く切り札です。
今後直面する社会課題を迅速に解決し、企業競争力を高めるためにも、変化に柔軟に対応できる「強い人材」の育成が欠かせません。
人的資本の情報開示をめぐる、海外・日本の動向
(1)欧米における動向
■2018年12月、国際標準化機構(ISO)が「ISO30414」を発表
人的資本に関するガイドラインが発表され、欧米企業では「ISO30414」に準拠する形で、人的資本情報開示の動きが広まっています。(ISO30414については後述します)
■2020年8月、米国証券取引委員会(SEC)が人的資本情報の開示を義務化
米国では、米国証券取引委員会(SEC)が米国の上場企業に対して、有価証券報告書に人的資本に関する指標を開示するよう義務化しました。
(2)日本における動向
こうした動きを踏まえて、日本でも情報開示を求める動きが広まっています。
■2020年9月、「人材版伊藤レポート」公開
経済産業省を中心に人的資本についての議論が行われ、「持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書~人材版伊藤レポート~」(※2) が公表されました。
また、続けて2022年5月には、経営戦略と人的資本をどのように連動させるかという具体的な提案を含めた「人材版伊藤レポート2.0」(※3) が発表されています。上場企業だけでなく、企業価値向上を目指すすべての組織に、人材戦略のあり方について提言する内容です。
■2021年6月、コーポレートガバナンス・コード 改訂
東京証券取引所がコーポレートガバナンス・コードを改定したことで、上場企業には人的資本に関する情報開示が求められるようになりました。
■2022年8月、政府が「人的資本可視化指針」を発表
「人的資本可視化指針」(※4) には、人的資本開示に向けた具体的な手順、開示事項の検討方法等が示されています。
今後の動きとして、早ければ2023年3月期の有価証券報告書から、人的資本開示が義務づけられる方針です。
政府が人的資本情報の開示を積極的に求めるのは、日本企業の価値を世界にアピールし、日本企業への投資増加を促進する意図があると考えられます。
「ISO30414」とは
人的資本の指標として代表的なのが、国際標準化機構(ISO)が提示している「ISO30414」です。社内外のステイクホルダーに開示する人的資本情報のフレームとして、活用できます。
具体的な項目は、下記の通りで、人材マネジメント11の領域、58指標が定められています。
一口に人的資本の指標といっても、数値化できる指標は非常に曖昧です。こうした指標を参考にすることで、人事戦略においてどの分野に注目するのか、議論がしやすくなります。
人的資本経営に必要な視点
~「人材版伊藤レポート」より
そして今、日本で注目を集めているのが、「人材版伊藤レポート」です。このレポートは、海外の指標をそのまま流用するのではなく、日本の企業が進めるべき人的資本経営について、日本企業の現状と課題を踏まえて議論されており、現実的で実効性が高いと評価を受けています。
人的資本経営を進めるうえで、3つの視点(Perspectives)、5つの共通要素(Common Factors)が重要であると述べています。
(1)3つの視点(Perspectives)
① 経営戦略と人材戦略の連動
② 「As- is To be」ギャップの定量把握
③ 企業文化への定着
(2)5つの共通要素(Common Factors)
① 動的な人材ポートフォリオ
② 知・経験のD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)
③ リスキル・学び直し(デジタル、創造性等)
④ 従業員エンゲージメント
⑤ 時間や場所に捉われない働き方
「人材版伊藤レポート2.0」では、上記のフレームをもとにさらに具体的な取り組みについて深堀りし、8つの項目を提示しています。本稿で、下記のように要約します。
① 経営戦略と人材戦略を連動させるための取組
② 「As is - To be ギャップ」の定量把握のための取組
③ 企業文化への定着のための取組
④ 動的な人材ポートフォリオ計画の策定と運用
⑤ 知・経験のダイバーシティ&インクルージョンのための取組
⑥ リスキル・学び直しのための取組
⑦ 社員エンゲージメントを高めるための取組
⑧ 時間や場所にとらわれない働き方を進めるための取組
① 経営戦略と人材戦略を連動させるための取組
人的資本経営を実践していく上では、「経営戦略と連動した人材戦略をどのように実行していくのか」という点が最も重要視されます。課題を改善するためのKPIを設け、具体的なアクションを検討することこそ、人的資本経営の第一歩です。
<具体的なアクション>
- ・CHRO(経営陣の一員として人材戦略の実行の担う責任者)の設置
- ・全社的経営課題の抽出(経営戦略実現の障害となりうる人材面の課題整理)
- ・KPIの設定、背景・理由の説明
- ・人事と事業の両部門の役割分担の検証、人事部門のケイパビリティ向上
- ・サクセッションプランの具体化プログラム化
(20・30代からの経営人材選抜やグローバル基準のリーダーシップ開発) - ・指名委員会委員長への社外取締役の登用
- ・役員報酬への人材に関するKPIの反映
② 「As is - To be ギャップ」の定量把握のための取組
現在の人材面での課題と理想の差異を埋めるには、定量的なデータを常に把握し、目標達成まで進捗を追うことが不可欠です。特に重要な指標については、進捗に応じて対応を迅速に議論できるよう、HRテックを活用して可視化する必要があります。
<具体的なアクション>
- ・人事情報基盤の整備(リアルタイムでのデータ確認・意思決定を可能に)
- ・動的な人材ポートフォリオ計画を踏まえた目標や達成までの期間の設定
- ・定量把握する項目の一覧化
③ 企業文化への定着のための取組
企業文化は、企業としての存在価値向上に直結します。理想とする企業文化を定着させるために、行動指針を定めたり、経営陣が主体となって従業員との対話を進めたりすることも必要です。
<具体的なアクション>
- ・企業理念、企業の存在意義、企業文化の定義
- ・社員の具体的な行動や市政への紐づけ
- ・CEO・CHROと社員の対話の場の設定
④ 動的な人材ポートフォリオ計画の策定と運用
人材ポートフォリオは、組織の中でどこに(勤務地・部署)、どのような人材が(階層、スキル、職種)、どれくらい(人数、勤続年数)いるかという人的資本の構成を把握するためのものです。昨今、企業を取り巻く環境の変化が著しいため、変化に応じてリアルタイムで人材ポートフォリオを最適化していく必要があります。
一点注意すべきなのは、中期的な経営戦略実現という目標から逆算して、最適な人材配置・育成計画を立てるということです。これまでは既存社員の特性に基づいて、採用方針を検討することが一般的でした。しかしそうではなく、経営戦略を実現するために必要な人材像は何かに焦点を当てる点が大きく異なります。
<具体的なアクション>
- ・将来の事業構想を踏まえた中長期的な人材ポートフォリオのギャップ分析
- ・ギャップを踏まえた、平時からの人材の再配置、外部からの獲得
- ・学生の採用・選考戦略の開示
- ・博士人材等の専門人材の積極的な採用
⑤ 知・経験のダイバーシティ&インクルージョンのための取組
組織においては、それぞれ従業員が持つスキルや専門性、多様な価値観を組み合わせることで、イノベーションや新しい価値が生まれます。同じような性質のメンバーではなく、多様な人材を積極的に協働させることが重要だとされています。
また、単にダイバーシティの職場環境をつくるだけでなく、個々の能力を存分発揮できるように現場管理職のマネジメント能力を向上させたり、定量的に把握したりする仕組みも必要となります。
<具体的なアクション>
- ・キャリア採用や外国人の比率・定着・能力発揮のモニタリング
- ・課長やマネージャーによるマネジメント方針の共有
⑥ リスキル・学び直しのための取組
現有人材のスキル不足を補うためには、既存社員のスキルアップ・学び直しの支援も欠かせません。社員がスキルアップに意欲的になれるよう、社内制度の充実化や処遇の改善など、仕組みの改革も含めて検討する必要があります。
<具体的なアクション>
- ・組織として不足しているスキル・専門性の特定
- ・社内外からのキーパーソンの登用、当該キーパーソンによる社内でのスキル伝播
- ・リスキルと処遇や報酬の連動
- ・社外での学習機会の戦略的提供(サバティカル休暇、留学等)
- ・社内起業・出向企業の支援
⑦ 社員エンゲージメントを高めるための取組
個々が働くことにやりがいを感じ、主体的に仕事に取り組めるかどうかもポイントです。企業としては、企業の理念と従業員の成長の方向性がマッチしているかどうかを鑑み、個々に応じた適切な仕事の配分・就業経験の提供を行うことが重要とされています。
<具体的なアクション>
- ・社員のエンゲージメントレベルの把握
- ・エンゲージメントレベルに応じたストレッチアサインメント
- ・社内のできるだけ広いポジションの公募制化
- ・副業・兼業等の多様な働き方の推進
- ・健康経営への投資とWell-beingの視点の取り組み
⑧ 時間や場所にとらわれない働き方を進めるための取組
働く人の価値観が多様化する中、働き方に対する個々の意識も変わってきました。
テレワークや時短勤務、サテライトオフィス勤務など、働き方に関する新しい制度を整備する必要性が問われています。
<具体的なアクション>
- ・リモートワークを円滑化するための、業務のデジタル化の推進
- ・リアルワークの意義の再定義と、リモートワークの組み合わせ
人的資本経営において、経営陣・人事部が行うべきこと
人事部門は経営陣と連携し、どのような道筋で人的資本価値(=企業価値)を向上していくのか発信する、新たな責任を担うことになります。
上記の人材版伊藤レポートも踏まえると、行うべきことは大きく分けて2つです。
・経営戦略と連動した、人的資本に関するKPIを定めること
・KPIも含めた人的資本情報を整理し、定量的データとして社内外に開示すること
人的資本の情報を社外に示すことで、自組織が保有する競争力や強みをステイクホルダーにアピールできます。また、社内に開示することで、自社の人材戦略や人的資本の在り方、育成課題などを社員に認識させ、個人として今後どのようにスキルを高めたり、キャリアを歩んでいく必要があるかを考えさせることができます。
具体的な流れは、下記の通りです。
(1)人材面の課題を洗い出し、優先順位を付ける
人的資本の価値を高めるためには、
・人材面で障壁になっている課題を特定する
・課題を解決するために必要な人材像、人材の要件を定義する
・現有人材とのギャップを埋めるために人事戦略を策定する
ということが重要です。
社内人材の育成だけでなく、人材の再配置、外部からの人材獲得も視野に入れ、戦略を実現していくことになります。
(2)人的資本に関するKPIの設定
計画通りに進捗しているか把握するためには、効果的なKPIを設定することが肝要です。ガイドラインや他社の指標ではなく、自社にとって本当に意味のある指標かどうかを見極める必要があります。
このKPIが、人的資本の開示情報にあたります。数値を向上させることが企業価値に繋がると自信を持てる指標を検討しましょう。
(3)人的資本情報の収集方法検討
KPIを定めたら、情報の収集方法を検討します。定量的なデータを取得できるか、現状取得する手段がなければ、どのように収集するかを考えます。
(4)人的資本情報の整理・開示資料の作成
最も骨が折れるのが、情報を整理する段階です。人的資本経営に取り組む企業の多くは、人事管理システム、勤怠管理システム、タレントマネジメントシステムを利用しており、システムあるいは担当者ごとにデータが点在しています。
KPIとする人的資本情報の中には「女性管理職比率」「研修別受講率(管理職)」など集計が必要なものもあるでしょう。効率的に定量データを集計し、開示資料を作るには、HRテックの導入が不可欠です。
(5)KPIと人事戦略の振り返り・効果検証
人的資本情報は、収集・開示がゴールではありません。「人事戦略が会社の成長につながっているか」を振り返ることが肝要で、このサイクルを繰り返すことで、経営戦略実現に近づけていくのです。
人的資本への投資が与えている影響を測ると同時に、KPIが効果的な指標になっているかを確認し、改善に役立てることができます。
このように、人的資本情報の開示と人事戦略への活用、この両方を実現するには、恒常的にデータを収集するフローとデータ管理方法を確立する必要があります。
人的資本経営には、人的資本を統合管理できるHRテックが欠かせないと言えます。
人的資本の開示対応を進める際に、注意すべきこと
企業が目指す姿、人的資本KPI、具体的な取り組みを合わせて開示する
経営陣・人事部門のご担当者さまの中には、「どんな指標を設定したらいいのか」とお悩みの方も少なくありません。他社情報を参考に検討している方もいらっしゃることでしょう。
人的資本の開示情報については、具体的な開示項目の例は示されているものの、基本的には企業の判断に委ねられています。
情報の見せ方もとても重要ですが、大事なのは①自社の目指す姿、②企業価値向上のために「必要な道筋」となる指標、③具体的な取り組みを合わせて開示することです。この3点が論理的に示されることで、ステークホルダーや投資家の納得感を得ることができます。
とはいえ、初めから完成度の高い人的資本情報を開示するのは難しいものです。まずは「できるところから」開示を始め、人的資本開示の方針、方法を少しずつブラッシュアップしながら、理想の形に繋げていただくことをおすすめします。
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