銀子の一筆

テレビっ子

町の形がゆっくり浮き上がり始める日の出前の薄明りを「彼(か)は誰(たれ)」時という。西空の夕日の名残とともに町が黒く溶け込み始める日没直後の薄闇は「誰(た)そ彼(か)れ」時という。陽が短くなり、そんな移ろいに出合う日が多くなった。地球はいつも通りだ。

秋のある朝、ルーティンのシャワーや朝食を終えてコーヒーを飲みつつニュースを見ていたら、何の前触れもなく突然テレビが消えた。(あれっ?)停電ではないらしい。引き込み線やコンセントを確認したが関係ない。大変だ!テレビが壊れた! 仕事が終わるのを待って、地元の電気屋さんに行って聞いてみると「基盤ごと替えなきゃならないが、部品がないかも。本体を買った方が安くて早い。今どきは修理できる物が少ないから、うちでも学校や病院のメンテナンスや設備工事の仕事が主になった」と言われた。 そうか。そうなのか。真空管テレビの時代には叩けば直ることもあったのに。液晶画面では叩く所もない。

◆いつでもあると思いがち

水・電気・時計・電話やPC、あって当たり前のように思っていたものがなくなると途端に非存在が際立ち、(親やお金に限らず)存在価値が高まる経験は誰にでもある。原始の素朴な欲求をベースに人間の手によって進化を続けてきた多くの文明の利器に、今や人間は完全に依存しているのだと実感する。私にとってはテレビも、その内の一つかも知れない。

かつてテレビが普及し始めたころ、テレビ放送は番組数も少なく内容も単純で、放映時間も短かった。当初、放送局と言えばラジオ局のことで、テレビは新参の娯楽に過ぎなかった。アメリカから買った過去のショーや漫画映画、カウボーイや名犬やファミリーを描いた古いドラマだったが、それでも翌日学校では「面白かった」「素敵ね」などと話が弾んだ。 程なく、日本のテレビ放送が活発になって番組の中身が充実すると、ラジオを超える文化として需要が伸びた。国産のクイズショーや中継は面白かったし、勧善懲悪の時代劇・子供向けの正義の味方が活躍するドラマや野球・相撲・ボクシングなどスポーツは大人気で、学校や職場で共通の話題になった。 うちは見ていい番組や時間が制限されていたし、私の興味もテレビ以外が大きかったのであまり問題にならなかったが、多くの家庭で子供がテレビに夢中になり過ぎる「テレビっ子」が問題になった。

◆テレビは偉い

江戸時代には芝居に夢中になる人が多く、落語でも道楽息子が勘当される話がよく取り上げられている。今ではスマホやゲームの依存が原因で、生活や体調を崩す人もいて問題になっている。時代に関わらず、人間は何かにつけて依存しがちな質なのかも知れない。

子供の頃はテレビを必需品だと思っていなかったが、広告の仕事をするようになると必需品になった。世の中の動きや、CMの構成や分類などを知るのに役立った。 そして私は、今は完全に「テレビっ子」になってしまった。

昔と比べて今どきのテレビ番組のよくできていること。かつて専門的なことが知りたいときは専門書を読んで知ろうとした。宇宙・科学・歴史・経済・文化、高等数学や音楽の背景など通常知り得ない考察を、研究者でない一般の私たちが自力で解を突き止めるのは大変な労力だ。 だが今は、難しい理論も複雑な学術的因果や展開も、テレビの映像と解説によって非常に簡明に伝えられ理解に導かれる。もちろん、あらすじを読んで理解した気になってはいけない。しかし、テレビの内容だけですべて分かったと感じる危険性を差し引いてもなお、一冊の書籍を読んだ後のような充足感と、さらなる好奇心が湧く番組もある。テレビは辞書・事典や解答書ではないが、私にとっては知りたい気持ちに刺激を与えてくれる啓蒙書でもある。 で、実は時計の代わりでもある。

2022年11月09日 (水) 銀子

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