◆幸せを感じる力
春爛漫、花を巡りつつ知らない街を歩くのは楽しい。花も野菜も、総じて厳しい季節を越したものは出来が良いといわれる。酷暑の夏や厳寒の冬の合間に訪れる穏やかな春秋は、社会に渦巻くストレスの間にある、日々のささやかな幸せの瞬間のようなものだろうか。
人の世にある不幸の形は似ているが、幸福の形は人それぞれで異なるという。であっても、人の喜び・嬉しさ・楽しさ・愛しさは誰もが知っているだろう。
◆もっている感性
18世紀アメリカ大陸ではプランテーション(単一作物を大量栽培する大規模農場)経営が盛んになり、多くの奴隷が労働力としてアフリカ大陸から輸入された。彼らが絶望とともに船を待つ間、足踏みをすると足首をつなぐ鎖が音を立てリズムが生まれた。広大な農場での過酷な労働中に、遠くに見える友人や想いを寄せる人に届くように声を上げると、フィールドハラー(野の叫び)と呼ばれ呼応して労働歌になっていった。「些細なことがおかしくて大笑いしたら涙が流れた。あんまり自分がみじめで声を上げて笑ってしまった」ブルースの発端とされる心情、ジャズに至る俗説として読んだことがある。
人間にはどんなに酷いときでも小さな喜びを見出し、どんなに幸福の絶頂でも潜んでいる儚さを感じる感性がある。能力とも言うべき強い生命力に感心する。
◆脳内の働き
通常、人間の脳内には100を超える神経伝達物質があるが、幸福感に関わるものはおもに4種類あるとされる。俗に「幸せホルモン」と呼ばれるが、ホルモンではないので誤称だ。
セロトニンが増えると、精神が安定してポジティブな気分になる
エンドルフィンが働くと、気分が高揚し多幸感・鎮痛効果を生む
オキシトシンが潤沢だと、愛情・信頼感が増し、不安を軽減する効果がある
中でも最も知られているのは、ドーパミンかも知れない。
ドーパミンは脳の報酬系の働きを促し、本能的な欲求や快感に対する意欲を司る。豊富な時には、勝利への期待と学習・仕事や勉強への生産性の維持向上に対して、前向きな気分になり達成感を引き出す。逆に減少すると、挫折感・嫌気・やる気の減少・集中力の低下を起こす、とされていた。
が先日、面白い記事を読んだ。国立大学の研究チームによるラット実験での発見だ。
「従来、物事がうまくいくとドーパミン効果が向上し、期待外れの場合は低下すると考えられていたが、ラット実験ではガッカリした際もドーパミンが活性化することがわかった。挫折克服に作用するのかもしれない。さらに研究を重ねることによって、AISやパーキンソン症・うつ病・依存症、情動や認知行動などの解明につながる可能性が期待できる」※というものだった。まだ研究途上の発見だが、科学の進歩が確実に続いていることが素敵だ。
※出典:読売新聞オンライン、「がっかり」でもドーパミンは増加、挫折の克服に作用か...京都大などのチーム、https://www.yomiuri.co.jp/local/kansai/news/20230311-OYO1T50018/、最終アクセス日:2023/4/5
◆回復する力
もちろんラットならぬヒトには、人間関係や処遇・個々の力量や性格傾向など環境や状況の影響は大きく、ドーパミンだけを簡単に挫折克服に結びつける訳にはいかないだろう。 私は小さい時から、「今泣いたカラスが、もう笑った」とか、「失敗の後もケロリとして反省の色が見られない」などとよく言われた。お風呂好きで入浴後は気分が回復するので、形状記憶合金と言われたこともある。私だって深く傷ついて悩み込むことも根に持つことも大いにあるけれど、終わったことは終わったこと。次にどうするかの方に興味があるだけだ。
ビジネスパーソンにとってもレジリエンスの獲得には、ある種の鈍感力と幾分のドーパミンが必要なのかも知れない。失敗して深く考える機会・挫折して学び直せるチャンスを得ることを幸せと感じるために。
2023年4月10日 (月) 銀子