いよいよ寒くなって、足元を枯れ葉が音を立てて走る。帰宅を急ぐ人の足並みも早い。こんな日は、一人暮らしでも温かな食卓を準備しよう。疲れをほぐす入浴・灯りの下に湯気立つ食べ物・好きな音楽で過ごすささやかなひと時が、気持ちを平にして明日への栄養を蓄える。

不安定な経済、危険をはらんだ国際情勢、定まらない国内状況、気候変動による天災など、落ち着かなかった一年が暮れつつある。しかし人間の図太さは、慣れにある。悲惨な状況にあっても時間が経つにつれて慣れが生じ、知恵と工夫で何とか凌ぐ術を得る。かつてアジアのとある国が長く戦場でありつつも、生きるために田植をし収獲した時に言われたことだ。
数年前、戦禍の瓦礫の中で花を植えて水をやる少女にインタビューしたニュースを見た。彼女は「いつも通りにしたかった」と言って涙をぬぐった。共感とともに、（有史以来続いていることだが）地球上に戦火が絶えないことに慣れてはいけない、と深く胸に刺さった。

■忘れてしまう緊張

平穏な日常では、仕事・家事・勉強・スポーツ・芸術など試行を積んで手練れが進む。良い結果が当たり前になると成功の感激は薄れ、飽きや惰性、油断が生まれ別の問題を引き起こす。仕事を習熟すれば成果も上がるが、楽観によるミスも生む。大方のヒヤリハットの裏には、慣れによる気のゆるみが潜んでいる。多くの先人が残した言葉にもあるように、何事も進歩し続けなければ退歩になるのだろう

読書も慣れだ。本に親しむと、傍らになければ物足りなくなる。一つ気に入ると同じ作家の作品を続けて読んだり、または関連する書物に惹かれたり。だが、読書から離れると無くても不自由を感じず、スマホに慣れて満足する人も多いのかも知れない。
久しく小説から遠ざかっていたが久しぶりに読んだ。扉を開かなければ見えなかった架空の世界が、まるで登場人物の足音が聞こえるような臨場感で胸に迫る。雑な日常に慣れ親しんだ気持ちに、新鮮で繊細な感情を思い出させる。現実の仕事に追われて必要のある行動だけに終始しがちな忙しい人にこそ、今の生活とは全く別の世界の緊張を感じる必要があるように思える。人間のことを分かったつもりでいても、分かっていないのだと知ることができる。少なくとも、知っていること・分かっていること・行動することの間には大きな乖離があること、いつの間にか渇きに慣れていたことに気づける。

■知っているつもり

昔はよく打ち上げや遊びのために、仕事仲間や仲良したちと夜どころか深夜でも平気で街を歩いたが、今はすっかり苦手になった。高齢者は誰でもそうなのか、私だけなのか分からないが、物騒な世の中だし日が暮れて暗くなったら、お酒が入らない素面ではとても一人で歩けない。
ある時、用事があってどうしても夜道を歩く必要があった。何十年も通い慣れた道だが、夜は久しぶりだった。昼間は古びた精肉店が、その夜はまばゆい灯りが店を照らして新装オープンのようだった。閉店準備のために顔なじみの店主が外に出ていた。つい「新しいお店ですか？おめでとうございます」と言うと、ニコニコ笑って「はぁ？いえ何も変わっていませんよ」と返された。（なんということ。考え事をしていたとはいえ、普段全体像をよく見ていなかったクセに、一方的な思い違いでとぼけたことを言ってしまった）「まぁ、ごめんなさい」と笑って済んだが、私は自分にがっかりして凹んだ。間違いやすいのは「慣れた夜道と年寄り」だ。

ただし、慣れも悪いことばかりではない。私は少し前までヨチヨチの高齢ビギナーだったが、今はヨタヨタと中堅になった。劣化を自覚せざるを得ないことにも、世の中からのバイアスにも慣れてきた。これよりは、スクスク健康に成長し、慣れていないことが増えていくことにも慣れなければならない。自然に逆らわずに、ちゃんと老いることは簡単ではないのだ。