銀子の一筆

時代のサイクル

良いことがあった人にも、悪いことがあった人にも、季節は移る。雨期が終わって空が晴れると、厳しい暑さが待ち構えている。 涼しげに輝く月へ、100年後には旅行できるらしい。宇宙の闇に浮かぶ地球を眺めるのは素敵だけれど、今の私には早朝の森の小道の方が魅力的だ。

「降る雪や明治は遠くなりにけり」と俳人・中村草田男が詠んだのは昭和6年(1931)、 文明開化と謳われた明治を偲ぶ感慨の句として知られている。 子供の頃、新しい家電品が登場すると祖母が「あらまぁ、明治は遠くなりにけりだわねぇ」などと便利さに感嘆しているのを聞いた。もちろん、戦争を知らない団塊世代の私には、感慨もなかった。

しかし先日、テレビでアナウンサーが対談相手の歴史学者に「まさに昭和は遠くなりにけりですね」と言っているのを耳にして少し胸が騒いだ。 あ~そうなのか。昭和は既に「今は昔」になったのか、と驚いた。
戦後の昭和はまるまる私が暮らした時代だし、個人的にも生涯で最も力に溢れていた時期だ。 そして今も昭和の続きで生きている。振り返れば、昭和という時代には成長や発展に対する貪欲な力強さがあった気がする。

◆復興した日本

昭和39年、日本で初めての国際的なスポーツイベントが東京で開催された。それを機に東京の街が塗りなおされたように整備一新された驚きは、57年たった今も記憶にある。
10年ほど前だったか、ある先輩が言った。「あの東京大会を知らない人間は、どうも信用できない」 「あはは、ずいぶん乱暴ですね」と受け答えたが、内心私には何となく彼の気持ちがわかった。誰でも自分が生きた時代への愛着と頑張った自負がある。 だが「昔はよかったね」の懐かしい気分とは別に、良いにつけ悪いにつけ、昭和の力強さは特別だったように思える。
あの東京大会は確かに戦後復興の完了を象徴する節目だった。マイナスから立ち上がって、ようやく夢に見た成果を手にした実感にあふれていた。 世の中は、怒涛のように押し寄せる文化であふれていた。ウーマンリブ・反戦・労働などの社会運動や学生運動も盛んだった。まだまだ社会の常識は窮屈だったが、 それでも、真意はどうであれ個人が自分の意見を行動で表した時代でもあった。
課題は山積していたが、もっと豊かに、もっと強く、もっと高く、もっと速く、と望んでいたのだ。 望み通り、学究に・実業に・生産に・技術に・創造に、青春を費やす友人たちが大勢いた。企業もガムシャラに成長を続け、 少し前までは猿真似の日本、発展途上の日本と、軽んじられていたのに、いつの間にか技術の日本・経済の日本・学術の日本・芸術の日本と、賞賛されるようになっていった。 戦争がない分、自由な競争社会で戦ってきたのだ。同時に悪いことも多く生まれたが、時代の恩恵はますます巨大化して、ドラマティックな混沌の時代だった。
そんな時代を生き抜いた先輩には、表面的な平穏無事が至上の約束になった(ように見える)現代には、隔世の違和感があったのだろう。

◆復活する日本

私も実はひそかに違和感を持っていた。水面下では大いに修正・改善の必要に気がつきながら、波も立てずにうやむやに終わってしまう気味の悪い時代のような気がしていた。
疑問を持つのはダサい。文句を言うのはうざい。多少疑問があっても、マアいいじゃない。その代わり生活は平和で平穏、息抜きや休息の場には事欠かない。 昭和が偉い訳じゃないし、現代にクレームやリクエストがあるわけでもないんだから...と、ごまかされているようだった。何か呑み込めない違和感があった。何か緩んでいる。何か不誠実。
「良い戦争悪い平和はない」といわれるように、それでいいのかもしれないが、何かおかしい。 亀が走っている間に昼寝をしている兎のように、何事もないんだけれど、落ち着かない。 やっとわかった。こういう曖昧な時代が日本には必要だったんだ。この時代が必ず意味を持つ「過渡期」と呼ばれる日が来るんだ。

日本は安心・安全だといって怠けている間に、肝心の財産である技術や学力、勤勉や先見、集中力も機動力もすっかり錆付いているのが、コロナ禍で露呈してしまった。
十二分に休み過ぎてしまった我とわが身の現状に驚いて、多分、今はここからまた復活するきっかけになる時代なんだと思った。どんな時代にも、なるべくしてなる背景がある。 今は多分、Check~Actionの時代。反省・改善して、やがて新生する時代が来るのだ、と信じたい。

2021年8月11日 (水) 銀子

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