銀子の一筆

泣いても笑っても越年

そろそろと年末年始の準備が始まり、僧侶も走るという慌ただしさが身近になってきた。長い自粛を経て楽しい集まりも解禁されたが、油断なく感染対策をして歳納めを迎えたい。もろもろの波乱が逆行することなく、誰にも平和な終息への区切りの一歩になりますように。

懸案はなるべく年内に切りをつけたいと思うのは日本の国民性かもしれない。とは言え、次年に持ち越す課題のない人はいない。国も企業も個人も課題があるということは、より良い明日への目標があるということにもなる。

◆記憶のロングセラー

320年前の元祿15年12月14日、赤穂藩の筆頭家老・大石良雄内蔵助(おおいしよしおくらのすけ)と旧藩士の47名が、両国の吉良上野介義央(きらこうずけのすけよしひさ)の上屋敷に討ち入り、主君・浅野長矩内匠頭(あさのながのりたくみのかみ)の仇を討った。世の中に「忠臣蔵」として知られる史実「赤穂事件」だ。

前年の3月14日、今風に言えば吉良氏から度重なるハラスメントを受け、ストレスに耐え切れなくなった浅野氏が刃傷に及んだ。吉良氏にはお咎めなし、浅野氏は即日切腹の御上の沙汰に怒った赤穂旧藩士が、武力で主君の恨みを果たし自害した、というのが俗説だ。(学術的には隠れた真実や細かな相違などさまざまな説があり不明なことが多いのだが)

当時の、義理と人情を重んじる判官贔屓の江戸庶民に大きな共感を呼んだ。それから46年後には史実をもとに脚色された「仮名手本忠臣蔵」として歌舞伎や浄瑠璃の演目になった。以来いまだに人気が高く、年末の出し物として演劇や映画・テレビドラマに必ずと言っていいほど登場している。

◆言い伝わる心情

しかし、叔父の妻は(大らかでこだわりの無い人だったが)吉良家家臣の血筋の人で、代々「忠臣蔵」だけは観ないことになっているといって、祖母や母の歌舞伎観劇の誘いを辞退していた。何百年経っても人の中には忘れない心情が伝わっているのかも知れない。

新潟県村上市には「塩引き鮭」という、日本海の寒風によって風乾発酵させたおいしい鮭の名物があり、平安時代には租税として納められていた。かつての村上城下の武士の気風から「切腹」を嫌って、鮭を干す時も腹を一文字に割かず、真ん中を2㎝ほど繋げたまま干す。関西はウナギを腹開きにして商人文化から腹を割って話すとし、関東は武家文化からウナギを背開きにして「切腹」を忌むという話もある。日本だけに限らないが、何かを縁起がいいとか験が悪いとかするのは、大昔の土地の文化や人の気持ちがDNAに刷り込まれているからかも知れない。

◆なるほどの呼び名

日本人の言語感覚は面白い。特に庶民の食べ物には面白い名称が多い。既に馴染んではいるけれど、由来を知ればなるほどもっと面白い。きつね・たぬき・月見・おかめ・ちゃんぽん。かしわ・さくら・ぼたん。卵の親は鶏なので親子丼・親子ではない牛や豚なら他人丼、表立って肉食が解禁された明治期には開花丼、他にも木の葉丼・衣笠丼など。当初はネーミングの妙で食の楽しさを増そうとしたのか。食べ物屋さんが他店との差別化を図ったのか。料理は時とともに材料も具材も作り方も変化することが珍しくないが、それでも昨日今日のものではなく、長く定着した料理の工夫と名称は素敵だ。

間もなく冬至、最も長い夜を過ぎれば明日からは陽の巡りが新たになって、少しずつ春に近づく。歳時や食べ物の時期にうるさかった祖母は、冬至には柚子湯とカボチャを欠かさなかった。祖母はカボチャを小豆と炊き合わせた「いとこ煮」にした。母の代になるとカボチャと油揚げの煮物、私の代ではカボチャサラダにした。年々冬至カボチャも変化しているのだ。そもそもなぜ「いとこ煮」というのだろう。今は茹で小豆の缶詰を使えば簡単だが、昔は小豆とカボチャは火の通り時間が違うので、めいめい(姪姪)に煮て合わせるから、または時間差で鍋に入れておいおい(甥甥)煮るから、との説を知って感心した。なるほどの名称だ。

年末には古い暦を捨てて新しい暦に替える。1年間知らずに貯まった汚れやほこりを拭う。おせちを食べて神仏に無事を祈る。どれも昔から続く区切りの行事でもある。他人にも自分にも、万物に今年のありがとうと来年のよろしくを言おう。

2022年12月14日 (水) 銀子

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