銀子の一筆

鏡を開く

夢のような正月休暇はアッという間に明け、華やかな新成人の姿も消えて町にはコート姿の通勤通学が増えている。初売り・初商談・初契約、何事にも「初」をつければ改まった気もするが、寒に入って寒気が増せば今年はことさら光熱費が案じられる日常に引き戻される。

1月11日、歳神(としがみ)に供えた鏡餅を下げて見送り、神力の宿った餅を木槌で割って頂き、正月に区切りをつける「鏡開き」の日とされる。表面は乾びてヒビが入った鏡餅も、重なる部分にはカビが生えることがある。供える時には清酒で拭くのだが、それでも現れるカビを昔は小刀で削り落して使った。下げた餅は揚げ餅にしたり焼いて汁粉に入れるほか、残りはさらに細かく砕いて干し、3月になると祖母が雛祭のあられにしてくれた。

うちでは餅搗きをせず、地元の餅菓子屋さんに鏡餅やのし餅を頼んだが、のし餅を均等に切って切り餅にするのは私の役目だった。昔は正月7日松の内の主食は餅だったので、量が多い時は重労働だった。餅菓子屋さんは毎年「ご挨拶」と言って、熨斗のかかった豆大福を添えて届けてくれた。翌日、堅くなりかけた豆大福を火に焙って食べるとまたおいしく、楽しみだったことを思い出す。

◆共食の効用

学生時代、部活の後輩から餅搗きに招かれたことがあり、クラブ仲間と一升瓶をかかえて訪ねた。冷たい風が届く荒川沿いで大きな染色業を営む彼の家の、隣接する工場の駐車場には大勢の人が集まり賑わっていた。蒸籠から臼にあけられた餅米が、威勢のよい掛け声とともに次々に搗きあがっていく。割烹着の女性たちがひねりちぎって、餡子や大根おろし・黄粉や納豆の鉢に入れ、みんながそれぞれ取り分けて食べた。彼の母親が漬けた大鉢に盛られた白菜漬けで箸を休めると、引き続き違う味の餅に進めた。

初対面の従業員やその家族、町会・親戚・家族の友人などと、旧知のように話したり笑いあって瞬く間に時間が過ぎた。まだ温かい搗きたてのお餅のおいしさはもとより、楽しさに満ちた大成功の餅搗きビュッフェパーティだったのだ。こうして人は一族や集落・仕事仲間や友人との繋がりを深めっていったのかと胸に染みた。最近、問題になっている強制的な飲み会とは違って、みんなが楽しもうと思って参加していて同じ気持ちで楽しめることが、以前上司が言っていた「共食」の成果なのだろう。

◆歳の始め

こんなふうに地域の歳時を通して、土地土地の味覚や文化が育ち人心がまとまっていくのなら、当たり前ながら日本各地の雑煮が異なるのも理解できる。知識として知っていても、 赤味噌と根菜・クジラや焼き魚入り・イクラ添え・餡餅入り・甘い白和え汁・具なしの雑煮はどうしても実感が湧かなかった。地場産物とつながるとは思っても、そもそも「いろんなお家があるのね」程度で、深く考えたことがなかった。お雑煮といえば、澄まし汁に焼いた切り餅、えび・ささみ・焼き蒲鉾・三つ葉・筍・椎茸に柚子がうちの雑煮だった。

そういえば、いつもの雑煮にうんざり飽きる頃、祖母は醤油味や味噌味で小松菜と根菜の煮雑煮を出していた。普段は忘れたように暮らしているが、餅は神代の時代から天と稔りと人をつなぐ、めでたい食べものだったのだ。時に煩わしい正月の歳時も秋の収穫の祭り同様に、日々の労働に凹みがちな人心を再生する共食の機会だったのかも知れない。

◆鏡を開く

鏡餅や鏡開きの「鏡」には、自らを映し見る影見(かげみ)の意のほかに平和・円満・手本の意味があり、「開き」は明らかにする意のほか始まり・広がりを意味する。「記紀神話(日本神話)」で、天照大御神(あまてらすおおみかみ)を天岩戸(あまのいわと)から引き出したという八咫鏡(やたのかがみ)は和を表し、勇を表す天叢雲剣(あまのむらくものつるぎ)・仁を表す八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)とともに、三種の神器として日本国の宝になっている。

餅を鏡に見立てて神に和を誓う文化と、形は変わっても国民の多くが同じ時期に当たり前のように餅を食べる正月の風習は、1つの島国の大きな共食行動なのではないか。今年が誰にとっても和の広がる年でありますようにと、汁粉を啜りながら念じる。

2023年1月10日 (火) 銀子

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