銀子の一筆

ものは書きよう

夏至は過ぎたが日の出は早く、眠り足りない気分で目が覚めてしまう。頭も靄がかかりがちだ。しかし今のうちに、せっかくの朝のひと時を気持ちよく過ごす工夫をして一日を始めよう。程なく終日気温も湿度も更に上がって、息苦しく長い夏が盛りに向かうのだから。

1週間後には、海洋国日本の繁栄を願い海の恩恵に感謝する、穏やかであるべき「海の日」だというのに、既にペルー沖ではスーパーエルニーニョが発生したらしく、今年の夏は「過去に経験のないような」異常気象になることが案じられている。が、地球温暖化による災害は頻発し、更新され続ける「過去に経験のない」状況にも次第に驚かなくなってきた。恐ろしいことだ。

■リスクは承知の上

昨今、話題をさらっている「生成AI(Generative AI)」も耳新しくなくなってきた。が、その取扱いはさまざまなリスクを呼ぶとして文部科学省は、特に学校教育、中でも文章やテストなどの創作物に使用することを「不正行為」とするなどの指針をまとめている。日頃、疑い深い私も、まずは使ってみようと試みた。確かにすごくて面白い。まだ発展途上だが、きっとこれからはもっと面白くなり、伴うリスクも大きくなるのだろう。だいたい新しい面白いことの多くはリスクを含むことが多いのだ。いかに人間がコントロールして使いこなせるかどうかが、最新技術の功罪を決める鍵だと思う。

■正論の危うさ

生成AIはまず、自力で文書を書くことにストレスを抱えるビジネスパーソンにとっては便利なツールだろう。ビジネス本来の内容とは別に、文書の出来不出来が合否に影響を及ぼす可能性があるなら、データに沿って反論の余地がない正論を理路整然と述べるAI文書は心強い秘書のように頼りになるのかも知れない。
しかし本当にそうだろうか?ビジネスはAIによって成功に導かれるだろうか? AI音声によるニュース放送に違和感を覚える私は、大いに疑う。

長く広告の仕事をしてきて、数多くのプレゼンテーションを経験し、多くの成功や失敗を見聞きした。広告の企画書を出す時は、課題に集中して前調査や分析を行い、現市場で顧客がいる位置から強みの補強・弱みの克服・目指すべき方向などまでを提案することが多い。AIの活用などという選択肢がなかった時代には、自分で書き上げた企画書を社内の同意を経て、顧客に訴求・説得し、共感・理解を得て、納得・実施まで運ばなければならなかった。
もちろん戦略や戦術、表現方法や見せ方など大量の過去データをもつ、百戦錬磨の先輩や大手代理店が成功することが多かった。が、そうとも限らないことが未熟な若手の励みになった。理論に従った多弁で巧い文書だけが評価される訳ではなく、拙くても誠心誠意の姿勢が現れている文書が相手の心を打ち、危な気ではあっても新しい切り口が喜ばれる場合も少なくなかった。人間対人間の話に不可欠なのは、理論や利害だけではなく、いかに相手が自発的に「Yes!」と言いやすい言葉遣いをするかだと、先輩たちに教えてもらった。
実績のあるマニュアルの先では、生身の人間の誠意が要になるのだ。

■ものは言いよう

ある先輩が「正しいことほど人をイラつかせるものはない」と言ったことがある。
多くの顧客は自社の弱みも、とるべき行動も理解している。が、なかなか踏み出せない時に、(なぜか上から目線の物言いに感じられる)整ったAIの言葉遣いで、まことしやかに正論を提案されて人の胸に届くのだろうか。定型文の丸暗記のようでは、理解はされても共感は得にくいのではないか。
AIを活用する時も、相手を思い浮かべて自分の言葉に書き換えるべきだ。文法的には問題なくても、例えば自分をいう時には使わない表現、相手をいう時には使わない方がいい言葉もある。弱みを指摘する時「~~だから~~してはダメ」と言うよりも「~~すればもっと良くなる」または「~~なら逆にそれを武器にしよう」と言う方が相手は納得しやすい。

知っておくべき理論やルールはあるが、あまりに既存の常識に縛られると不実に聞こえる。人は理論の先にある感覚や感性を重視することも多いのだ。巧言令色で自分は文章を書くことが得意だと思い込んでいる人は失敗しやすい。
読み書きで収入を得てはいるが、私は文章を書くのが好きだが得意だとは言えない。いつまでたっても生身の人間にまっすぐ伝えることは難しい。だから面白くて気が抜けず飽きない。忘れないように自戒していることは、誰にとっても、どんな仕事でも「分かりやすく誠実に伝えようとする」姿勢に優るスキルはないということだ。(時々気が緩んで、失敗することもあるけれど)
睡眠不足で頭が晴れない時、「みんなもやっている」ではなく、「みんな、もやっている」と書いた方が共感を得られるのだ。

2023年7月5日 (水) 銀子

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