小寒(寒の入り)から立春(寒明け)の前日までの約30日間を寒中という。
今年は1月6日から2月3日までになる。この時期は特別、体の芯が凍るように寒気が迫る。厳しい気候は、寒仕込み、寒造り、寒干し、寒さらしなど、食品や産物作りに活用される。寒さも極まれば春はすぐそこ。
新たな生活、新たな仕事に向けて身も心もほぐしておこう。
私は大学在学中、20歳でフリーランスとして広告制作業を開業し、同じフリーの外部スタッフとチームを組んで仕事をしていた。
基本的には代理店やプロダクションから来た仕事は何でも、断らずに受けた。
多くの発注元は大手企業またはその関連企業だった。
が時々、代理店を通さない直接飛び込みの仕事や、知人からの紹介の仕事などが入ることもあった。
フリーランスの仕事は、仕事内容・制作費・納期・条件など「大丈夫だろう」という見込みの信用と勘だけが頼りだ。明日の保証は何もない立場。
次第に業界にも仕事にも慣れてきたが、やはり原則的に来た仕事は断りたくなかった。
しかしそれでも、断った方がよいのではないかと判断を迫られることがあった。
その仕事は代理店からでもプロダクションからでもない、ある日突然、直接先方から飛び込んできた仕事だった。
どうして当方のことを知ったのか怪訝だったが、とりあえず話だけでも聞いてみようと出かけた。
社内は明るい雰囲気で、予算も納期も余裕があり、その後の楽しい仕事展開が予想された。
ところが、社長が出てきてキャンペーン広告の内容説明が始まり、その条件を聞いて驚いた。
「某外資系テーマパークのイメージをそのまま生かして、そっくりに制作してほしい」とのこと。
誰もが新しい着想で仕事をしたいと思うところ、まったく二番煎じのコピー広告を出したいとのことだった。
最も危ない版権の問題もあるし、自社のオリジナリティへのプライドはないのか。
不出来な仕事より、厚顔な物まね仕事を納める方が、恥ずかしく情けない。
手伝ってくれるスタッフにそんな仕事を頼めない。一気に、不潔な物を見た気分になった。
その後、別案を出して説得を試みたが、先方の社長の意思が固く、こちらから「残念ながら」と仕事を辞退した。今でも受けなくて良かったと思っている。
一方ある時、代理店の友人から「うちでは受けられないが、もしかして受けてくれる?断ってもいいけど、話だけでも聞いてあげて」と言われた仕事。
依頼元は某県の酒蔵3軒がつくった協業組合だった。
予算が全くないので、日本酒の現物支給で制作費にしてくれないかとのこと。
(こういうの、あり?)
会って話を聞いた。
「こんなに、おいしい日本酒を皆さんに知ってほしい」と、商品への自信と将来への不安が同居して、熱意だけで動いているような若い社長たちだった。
日本酒が魅力的だっただけでなく、酒造りの苦労と喜びを聞いているうちに意気に感じて、二つ返事で引き受けた。
制作ギャラの日本酒はみんなでおいしくいただいて、あっという間に無くなった。
が、楽しく後味の良い仕事だった。その後、この協業組合は順調に成長。
今ではデパートの売り場でよく見かける。
来た仕事は断りたくなかったが、不潔な計算が垣間見える仕事は堂々断った。
後ろめたくない仕事、自分の気持ちが晴れる方を選んだ。フリーの特権として、儲かっても儲からなくても(儲からなくては困るのだが)、面白いと思えることが大事だった。
利益や採算の視点を欠いた、私のような仕事の決定は褒められたことではない。
こんなことでは、順当な成長は望めないだろう。
しかし高度経済成長期からその後のオイルショック、バブル~崩壊など、良い時も悪い時も、自分の本能的な直観で仕事を選んで、胸を撫でおろしたことが幾度もあった。
長い間不安定な身分のまま仕事を続けてきたことで、危機に対する動物的な感受性が多少は磨かれたのかもしれない。
もちろん反省は多々あるが、周囲の人間に恵まれ、今もデスクをもらって好きな仕事を続けていられるのだから、私に後悔はない。 本能アンテナが鈍らないように、日々のひと砥ぎを怠るまい。
2020年 1月 29日 (水) 銀子