「冬来たりなば春遠からじ」という言葉がある。厳しい冬の後には暖かい春が来る。
辛い時期を乗り越えれば、必ず幸せな時が訪れるという意味だ。本格的な寒さはこれからだが、今年は特に暖かな春が待たれる。
私は冬の張りつめた空気が好きだが、今年は安心の春を恋しく思う。
企業の「人」「物」「金」(「情報」「時間」「知的財産」)を経営資源というが、個人にとっても同じだと思う。
良好な人間関係があって、一応の生活が成り立つ物を持っていて、必要なお金もある、自由な時間もあって、知りたいことを知り伝えることができる、自分の考え方に背かずに暮らせる。
多くの人が望むささやかな暮らしだ。「健康」も重要な資源で、企業だって「健康」な空気がなければ無機的な器に過ぎない。
先ごろストレスチェックを受けたら、「ストレスの心配なし」と結果が出た。
一重に私につながる御縁のお蔭なのだが、それでも人知れぬ不安や心配がないわけではない。
人間は現状に満足せず、「もっと~なりたい」「もっと~だったら」と思う生き物なのかも知れない。
人間も企業も国家も同様に、そうして成長していくのだろう。
昔、私が俳句の勉強をしていた頃、大先輩の一人に忘れがたい人がいた。
恵まれない環境に生まれ育ち、長じても多くの不運が重なって、気が休まる間がなかったと言う。
若い頃出会った俳句だけが、人生を支える楽しみだった。
俳句にはできる限りの出費を惜しまず、気が良くて句仲間には気前よく振舞っていた。
既に老年の域に達していたが、それでも不運の連鎖は止まず、周囲の皆が気遣った。
しかし本人は、いつも明るく、先生と呼ばれるほど俳句は評価されていた。
人の心配ばかりして、「頑張って勉強してくださいね」と言って、私も何度か本やお土産を頂いたことがある。
それどころじゃないでしょうに、数本しか残っていない歯を隠しもせず、笑顔で幸せそうに「もっともっと俳句が上手くなりたい」と熱く語っていた。
その後の消息は知らないが、時々思い出す。
小中高校と同窓だった古い知人の一人は、恵まれた環境に生まれ育った。
大きな家に住み、お手伝いさんがいて、欲しいものは何でも手に入れ、のびのびと暮らしていた。
人生の転機である進学も結婚も出産も幸運に恵まれ、悩んだことは一度も無かったと言う。
経済的にも精神的にも健康的にも恵まれ続け、まるで絵に描いたような幸せのままに年をとった。
人から見れば、これ以上望むものは何もないだろうと思えるのに、彼女は屈託なくニコニコして
「願っただけで、思い通りの人生を手に入れたけれど、もっと幸せになりたい」と言っていた。
その後の消息は知らないが、時々思い出す。
人の幸せとは何だろう。どちらも極端な人生だが、私にはどちらも幸せそうに見えた。
「人」「物」「金」私の資源はどれも不十分だ。
「健康」もそこそこ、若い頃のように走れないし、眼もかすんできた。
好きな山に行く気力も萎えてきた。ではあるけれど、私は不十分を楽しんでいる。
家族は既になく、「物」も「金」も潤沢ではない。
それでも、不十分な実力で好きな仕事をしながらキョロキョロと社会を眺め、不十分な頭脳で好きな勉強を続けることに幸せを感じている。
不十分であるがゆえに、終わりが無い勉強を続けることを私は面白いと思っている。
人は必ずしも満ち足りた境遇の中からだけ、幸せを見つけるわけではないのだ。
そして、企業はどうだろう。
いつも変わらぬ健康な経営資源を長い間保持するのは難しいが、多少の運と多くの努力によって企業は「もっと」の成長を遂げる。
個人の幸せが企業の幸せにつながり、国家の幸せにつながる。国家の安定が企業の安全につながり、個人の安心につながる。
本来ならば日常だったはずの、堅実で健康な成長ループを改めてありがたく感じる。
波乱の昨今に在っては、国家も企業も個人も、想定外の事態に動揺を隠せない。
一生を泳ぎ続けるマグロが一瞬立ち止ったかのようだ。しかし荒波の間をすり抜けて、それでも企業は知恵を振り絞り「もっと」の成長を目指す。
個人が仕事に力を尽くすのは自分のためだが、それぞれの個人的な「もっと」の頑張りが、企業や国家を終わりのない成長の波に導く一尾になる、と思いたい。
2021年 1月 13日 (水) 銀子