銀子の一筆

なんとなく、クリティカル

少しずつ日脚は伸びてきたが、寒い日が続く。
寒いと脳がかじかんで上手く働かない。真夏には脳が茹って上手く動かない。春秋は陽気が良いので気が散る。 などと、年間通して何かのせいにして怠けていると、更なる経年劣化で脳は錆びついてくる。困った。困った。

「人はどう考え、どう表してどう生きるのか」ギリシャの昔から変わらぬ命題だ。
人間の思考は複雑多岐で、様々な局面で変化もする。亡くなったとたんに良い人になったり、分ったように憶測をしたり、きわめて流動的だ。 自分の目で見たことのほかは、ただの噂話に過ぎない。自分の経験したことの良し悪しが、個人的な思考に影響する、と私は思っている。

甘やかされてのんきに育った私は、大人になっても総じて厳しさを欠いた生き方をしてきた気がする。 しかし、幸か不幸か、環境か生来か、半世紀以上一人で仕事をしてきたために培われた思考もある。
フリーランスの広告制作の多くは、初対面のプロジェクトチームで始まり終われば解散、を繰り返す仕事だった。 知らない人間同士が一つの目的で集まる状況では、まずは先入観なしで耳を傾けて、どんな意見も否定せずに理解することが最優先だ。 しかし、ミーティング(ブレーンストーミング)の最大の目的は、今既にある常識に縛られずに、なお不足している視点を探すこと。 奇想天外な設定や未聞の発想が飛び出る。最終的には、基本的な認識から細部の想定、可能性などがやり取りされて、あやふやな面やリスキーな点も洗い出す。
これらはすべて、批判や排斥、否定のためではなく、共通目標を先入観なしでゼロから理解して、良い仕事をするために行われる。

当初、私の周囲は先輩ばかりだった。誰もが既存の概念をサラリと忘れたように、架空とも思える多彩な着目点や発想に集中する様子に驚いた。 そこから新しい切り口が現実的な形になっていくのを目の当たりにした。 そうしたブレーンストーミングをさまざまな仕事現場で何回も繰り返すうちに、私は幸運なことに、最初にブレーンストーミングの成功例に出会えたのだった。
すべてに関して「前提条件抜き」で考えてみることの重要さを確信した。余分なものをいったん外すことで、シンプルで自由な発想が生まれうることを学んだ。

ビジネスシーンでは、ラテラルシンキングやロジカルシンキング、クリティカルシンキングなどが発想力を高めるために有効な思考法として注目されている。 そうした思考法をスキルとして身につければ、確かにビジネスパーソンとしての大きな成長につながると思う。
中でもクリティカルな発想は、既存の定説、情報や感情に流されることなく客観的に物事を判断しようとする思考プロセスだが、ビジネスだけでなく人間が生きる上で重要な視点だと思う。 身近な発想に置き換えると、身につきやすいのかも知れない。
こうした習慣がいつしか少しは身につき、普段から「自分も他人も社会も信じ込まない」 「1つの発想にかじりつかない」性格になるのか、「飛びつかない」性格ゆえに仕事に馴染んだのかわからない。 仕事では、クリティカルな性格でなくてもいいが、クリティカルな思考はできたほうがいいので、元からクリティカルな眼を持っていれば楽だ。

全ての学問は、「アレッ」と驚き、「なぜ?」と疑問をもつことから始まると思っている。 今ある答えが本当に正しいのか確かめたり、他の可能性はないか、もしも~だったら~と仮定して、では、どうすればいいのかを探すのが学問だと思う。学問だけではない。
生活でも仕事でも、同じことだ。と頭で考え、口でいうのは簡単だけれど、世の中もさるもので、なかなか思い通りには運ばない。 どうにもならない社会状況もあるし、日々の暮らしの中にも、さまざまな不注意や不用心から起きる不都合も多々ある。

ある日、自宅のPC画面に警報音が鳴って「あなたのPCは危険にさらされています。 あと1日でサービスが終了。今すぐ新しいソフトを購入してください」と表示が出てカウントダウンが始まった。 レイアウトからロゴまで、使っている企業とそっくりで、危うく承諾しそうになった。 が、私はPCに詳しくない自覚があったため、自分の判断を信用しない方がいいと思った。 メーカーのサポートセンターに相談して、「無視して削除」することで事なきを得た。 そのほか2~3回、「ちょっと待てよ」と思って、被害を未然に防いだことがあった。 いずれも他愛ないことだが、何事にも一度立ち止まって見ることが大事だと実感した。

常識や時流に流されまいと無闇に抵抗したり、自分の正義に執着することをクリティカルシンキングとは言わない。
クリティカルな眼を平素の思考に自然に取り入れてこそ、今社会で起きていることや公式発表を一方向だけから鵜呑みにしないで、危険回避や、新たな商機に結びつけることが可能になるのではないか。 私には、緩やかにクリティカルな眼を持ち続けることが、生活にも仕事にも有効に思える。

2021年 1月 27日 (水) 銀子

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