2月に入ると、街はチョコレートで溢れる。洋菓子店だけでなく、和菓子店からスーパー・レストラン・小物雑貨の店まで、バレンタインあやかりの商戦が激しい。しかし良い話題が乏しい昨今、たとえ販促戦略に乗せられているのであっても自分のためでも義理のためでも、優しい気持ちが行き交うことにホッとする。
昔はちょっと気取ったパーティ や集まりには、お茶にもお酒にも合うような上等のチョコレートが用意された。およばれされた時の手土産も、祖母や母の時代は和菓子だったが、私の時代ではチョコレートか生花が定番だった。バレンタインなどまだ一般的ではなく、今ほど気の利いたものが出回っていない頃、ホテルや名店のおいしくて珍しいチョコレートをいただくのは嬉しかった。贅沢品だった故か、子どもの遊びにも歩数を計る言葉に「チヨコレイトっ♪」の名が出てきた。為替レート1ドル360円の時代の話だ。
◆チョコレートは偉い
パンデミックから始まったリモートワークだが、すっかり日常に定着した。毎日のルーチンも定まって、自室の仕事スペースに精勤している。しかし、終日PCのブルーライトにさらされて目はかすみ、座りづめの脳は曇りやすい。そんな時には、温かいコーヒーと一口のチョコレートで疲れを癒す。即効性のあるチョコレートは、山や旅行にはもちろん、いつの間にか デスクでも座右の備品になった。あまり効果を実感したことはないが、多分効いているのだろう。
人間の脳は平均約1,250g、脳だけで全摂取カロリーの約24%を消費し、ヒトが得る酸素・ブドウ糖の約25%を消費する。ブドウ糖が無いと脳内の最も重要な神経であるグルタミン酸神経が動かなくなる※1 。脳の栄養は80%をブドウ糖に頼り、残り20%はたんぱく質やビタミン・ミネラルなどで賄われるらしい。
何といってもチョコレートはブレーンフード(脳の働きを活性化する食べもの)の1つだし、脳の必須栄養はブドウ糖なので、高齢の私には必要なカンフルなのだ。チョコレートにも常習性があって依存症になる恐れがあると聞いたが、これだけ食べてもこの程度なのだから、もうやめることはできないのだ。
◆チョコレートの進化
昔、生意気な女の子だった私は、チョコレートについても○○のものはおいしくない、とか△△のは~~だから好き、などとよくもまあ勝手なことを言っていた気がする。今は調理技術も原材料も質が上がって、日本のチョコレートはおしなべて質が向上していると思う。かつて食べていた輸入品より、スーパーで買った普及品の方がおいしいと思うし、通常日本のチョコレートでまずいものはない気がする。もともとチョコレートのファンでもマニアでもフリークでもない私は、もちろん選び抜かれた高級チョコレートには感激するが、今は安価でコクも深みも普通のチョコレートで充分楽しめる。老いて人柄が丸くなったからではない。チョコレートの原材料カカオの生産現場の話を聞いた時から、なおさら謝意をもたずに食べること、粗末に扱うことができなくなった。
◆チョコレートの苦さ
紀元前2000年頃、カカオは中央アメリカで栽培され始めた。当時は薬用・嗜好品として、また貨幣としての価値もあったらしい。その後ヨーロッパに持ち込まれて貴族など特権階級の飲み物(ココア)として広がり、19世紀になってチョコレートになったという。 現在、カカオのおもな生産国は西アフリカのコートジボワールやガーナが中心だ。カカオの栽培は工程が多く、大きなナタを使う開墾・農薬が舞い上がる下草刈り・カカオの実の収穫から発酵・乾燥させた重いカカオ豆の運搬など重労働だ。多くの大人が出稼ぎに出ている村の子どもはすべての工程で大きな労働力となっている。わずかな収入を得るために学校に行けず、成長期に過重な荷物を頭上に載せて運ぶ子どもたちは、負の連鎖から逃れられない。家計の一端を担う彼らの多くは、カカオから作られたチョコレートを食べたことがない。 もちろん、それは生業であり家業だ。需要と供給のビジネスだ。行動しない者の安易な同情は、落差を埋める何の役にも立たないことは承知している。
しかし月をも開発しようとするほどの能力をもつ人間が、地球の次代を背負う子どもたちを見落とすなんて.........と胸苦しくなる。食料自給率約38% ※2なのに食料廃棄量約522万トン (世界が飢餓に苦しむ人々を支援する食料支援率の約1.2倍 )※3におよぶ飽食の日本人として、私はチョコレートを口にはこぶ度に感謝と後ろめたさを感じてしまう。
※1参考:独立行政法人農畜産業振興機構「脳の栄養~ブドウ糖(砂糖)とトリプトファンを中心として~」
https://www.alic.go.jp/joho-d/joho08_000503.html
(最終アクセス日:2023/2/1)
※2参考:農林水産省「その1:食料自給率って何?日本はどのくらい?」https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/zikyu_ritu/ohanasi01/01-01.html
(最終アクセス日:2023/2/1)
※3参考:消費者庁「食品ロスについて知る・学ぶ」https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_policy/information/food_loss/education/
(最終アクセス日:2023/2/1)
2023年2月8日 (水) 銀子