情報漏洩やコンプライアンス違反、あるいは自然災害や感染症の拡大など、現代の企業は実に様々なリスクを抱えています。すでに基本的なリスク対策を講じられている組織も多いと存じますが、近年特に注意しなくてはならないのが「人権侵害にかかわるリスク」です。
人権に関わるニュースがメディアで頻繁に取り上げられ、人々の意識も高まる中、自社の企業活動が人権に関してどのような影響を与えているかを適切に把握できなければ、自社の経営に関わる大きなリスクにつながりかねません。
そこで今回は、組織のリスクマネジメントの一環として、現代のビジネスパーソンが知っておくべき人権問題のポイントをお伝えします。参考にしていただければ幸いです。
企業活動のグローバル化に伴い、企業が人権に対して「負の影響」を与える対象は世界中に広がっており、またその状況も複雑化しています。
「我が社では人権侵害に当たるようなビジネスは行っていない」と考えていた企業が、ある日突然訴訟を起こされ損害を被るケースが現実に発生しており、対応が後手に回らないためにも、今すぐ認識をアップデートする必要があります。
企業は、これまでも自社事業に関わる全ての従業員(非正規雇用や派遣社員を含む)の人権について配慮してきました。しかし現在は、顧客や消費者、事業活動が行われる地域住民など、自社の事業に関わる全ての人の人権を尊重することが求められます。
出典:法務省人権擁護局「今企業に求められる『ビジネスと人権』への対応」詳細版p7 https://www.moj.go.jp/content/001346120.pdf(最終アクセス2022年3月14日)
自社の事業活動によって直接被害を受けた人がいるというケースだけでなく、企業が人権への影響を考慮すべき範囲に対して、自社の製品・サービスが間接的に負の影響を及ぼしている場合にも対応が求められます。
出典:法務省人権擁護局「今企業に求められる『ビジネスと人権』への対応」詳細版p7 https://www.moj.go.jp/content/001346120.pdf(最終アクセス2022年3月14日)
「過剰・不当な労働時間」や「労働安全衛生」、「パワハラ」、「セクハラ」といった日常業務に関わることから、「表現の自由」のような人類共通の権利、さらにはサプライチェーン上で発生する人権侵害の問題など、企業が取り組むべきイシュー(課題)は多岐に渡ります。
例えば、自社製品の材料の調達先の工場において、従業員が劣悪な環境での労働を強いられているとしても、一昔前なら自社の責任までは問われませんでした。しかし現在は、実態を知りながら、その調達先との取引を継続していると、自社が「人権損害を助長した」とみなされ、訴えられるケースが起こりえるのです。
1990代以降、経済活動のグローバル化に伴い、複雑に絡み合ったサプライチェーンの中で発生する「国境をまたいだ人権侵害」が、国際的に問題視されるようになりました。
その流れを受け2011年に制定されたのが、国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」です。この指導原則によって、人権を保護・尊重する国家の義務と企業の責任が明確になりました。
また、"人権の尊重"が全ての目標の前提であるSDGs(持続可能な開発目標)の採択や、世界のESG(E:環境、S:社会、E:企業統治)投資をリードしてきた国連責任投資原則(PRI)による人権に関するESG投資の強化など、企業が人権を守る活動を行うことへの機運は年々高まっています。
法務省が作成した「今企業に求められる『ビジネスと人権』への対応」では、企業が自社の人権問題を放置していると、以下4つのリスクを顕在化させると警鐘を鳴らしています。
①法務リスク
人権侵害を受けた当事者からの訴えを受けて企業が損失を負うリスク。具体的には、訴訟への対応費用や、罰則の適用、損害賠償など。
②財務リスク
人権問題の存在を理由に株価が下落したり、投資家が資金を引き揚げたりするリスク。
③レピュテーションリスク
「レピュテーション」とは評判や風評という意味。人権問題によって企業イメージが低下したり、SNSなどを通じて積極的な不買運動に発展したりするリスク。
④オペレーショナルリスク
人権問題に対する抗議として、従業員が業務をボイコットしたり、離職者が相次ぐなどの人的リスク。
これだけのリスクが一気に顕在化したら、企業の存続自体が危ぶまれる事態にも陥りかねません。人権に配慮したビジネスを行うことは企業としての責務であり、自社のビジネスが関わる人権問題に適切に対処しなければ、ステークホルダーからの信用を一気に失いかねない時代となっています。
これまでは、子どもの貧困対策や多様な社会への対応など、人権に関わる社会的な課題の解決に向け、社会貢献・CSR活動の一環として人権問題に関わってきた企業も多く、企業ブランドのイメージ向上を図る"攻めの経営戦略"としての色合いが強いものでした。しかし今後は、自社の事業存続のための"守りの経営戦略"として、人権問題に対してより積極的に取り組まなければならない時代になっています。
人権問題に限らず、気候変動や貧困格差など世界が抱える課題に対して企業としてどう関わるか、つまりSDGsの視点を経営に組み込むことは、すでに国際的な潮流となっています。
その中でも人権問題は、ハラスメント防止やジェンダー平等推進といった身近なトピックも含まれており、人権問題に対する良い取り組みは、自社に関わるステークホルダー(従業員・取引先・顧客・株主など)の行動にも直接影響を与えやすいと考えられます。ステークホルダーの行動が変われば、自社の事業活動にも良い影響が表れます。
法務省が作成した「今企業に求められる『ビジネスと人権』への対応」では、人権に関する取り組みを充実させることで、以下のようなポジティブな影響があるとしています。
企業の人権に対する適切な取り組み、あるいは人権に配慮した製品・サービス(例:バリアフリーの視点を取り入れたサービスの開発など)の提供によって、企業イメージが向上すると、新規顧客の開拓や既存顧客との関係強化につながります。また、それによって売上も拡大する可能性があります。
最近、特にミレニアル世代やZ世代と呼ばれる若い人たちの間で、企業のSDGsやESGへの取り組みなどを意識して、就職先を決める傾向が増えています。これまで企業の知名度や規模、業界のイメージなどで選ばれにくかった組織でも、人権への適切な取り組みでイメージが向上し、優秀人材の獲得につながる可能性があります。
また、そうした良い取り組みは、職場環境にも心理的・物理的安全性をもたらすため、従業員のES(従業員満足度、Employee Satisfaction)の向上にも大きく影響し、離職防止など人材定着率の向上にもつながります。
従業員のESが高まることにより、仕事に対するモチベーションが向上し、生産性向上につながる可能性があります。また、サプライチェーン上の人権が考慮されることで、自社のサプライヤーに対しても良い影響を与えます。
近年は、企業が人権に対してどのような取り組みを行っているか、社会から大きな関心が寄せられています。働く人の人権の尊重につながるダイバーシティ&インクルージョンや働き方改革への取り組みについては、政府機関等の認証制度や表彰制度も増加しており、認証や表彰を受けた企業はメディアでも積極的に取り上げられます。その結果、企業のブランドイメージの向上につながります。
PRIの取り組みでは、署名する機関投資家に対して、年次報告において人権方針の策定、人権デューデリジェンスの実施、救済へのアクセスに関する内容を盛り込むことを公表しています。さらに2023年からは、人権デューデリジェンスの実施内容を年次報告に記載することが義務付けられます。
また、ESG評価機関でも、人権に関連する基準を指標の項目に盛り込み始めており、今後、人権への取り組みの強化が自社の資本市場や金融市場における評価向上に大きく影響することが想定されます。
企業の人権への適切な取り組みは、投資家による企業の価値評価や社会のブランドイメージ向上のためにますます重要となります。"攻めの経営戦略"として、身近な人権問題からグローバルな社会課題まで幅広く関心を持ち、企業としてどう立ち向かっていくのかを表明することで、ステークホルダーの共感を呼び、企業価値の向上も見込めます。
逆に、人権問題によって企業ブランドを毀損するリスクの発生を回避する"守りの経営戦略"としてぜひ実施していただきたいのが、「人権デューデリジェンス」の取り組みです。企業の事業活動において人権侵害となるリスクを把握し、顕在化しないよう対策を立てる人権デューデリジェンスの意義と効果をすべての人材が正しく理解し、積極的に参加・協力することで、自社の内外において人権が守られるとともに、自社の企業価値の向上に貢献することができます。
自社の商品・サービスに関わる社員、協力会社などのサプライヤー、あるいはお客さまのことを思い浮かべながら、自社に関わるすべての方が安全に、かつ人間らしい生活・活動ができるよう配慮した行動を取ることが、大きな人権を守る力となります。
あらゆる人が豊かに暮らしていける「持続可能な社会」の実現に向けて、今まで以上に人権に対する関心を高めていただければ幸いです。
<人権デューデリジェンス関連リンク>
<SDGs・ESG関連リンク>
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