雨上がりの夜空、切り絵のようなビル影の上に朧の月が浮かぶ。良い夜だ。遠からず、夜風も熱気を帯びるのだろうが、夏めく緑の香りがほのかに届く今夜は、心身が穏やかで快い。こんな夜はいただき物の新茶でも淹れて、ゆっくりお菓子を楽しむことにしよう。
引っ越して2カ月近くになるが、さまざま工事を終えた今もまだ新しい環境に慣れない。新居の古い建物はあちこちから色々な音がするし、人目やルールなどに気疲れして我が家の寛ぎ感には程遠い。新しい環境というものは誰にとっても、良い展開への期待よりも悪いことへの用心が少し上回り、幾分の緊張を伴うのだろうか。なるべく穏やかに素直に暮らして、まだ不慣れな今の自分を楽しもう。新しい工夫や知恵が生まれるかもしれない。
■新人の尽きない悩み
先日、某企業の新人が「なかなか職場に馴染めない」「思っていた仕事じゃなくて、やる気になれない」と話すのを聞いた。学生時代の大半をコロナ禍で過ごし、就活を頑張って希望の職種・希望の企業に就職した。「これで明るい未来が開ける」筈だった。礼儀正しく明朗快活に振舞い周囲に気を使っているつもりだが、肝心の仕事が思うように運ばずミスや我流を叱責される。雰囲気も悪くなって益々やる気が失せた「こんな筈ではなかったのに」。朝起きると憂鬱になって会社に行くのが嫌になるらしい。(わかる、わかる)
あははは。でも、じゃあ、どんな筈だったのだろう。期待の新人として歓迎され、優しく寛容な上司や先輩の指導の下に仕事も順調に進み、ストレスを抱えることもない。
これがやる気の出る素敵な職場?こうだったら頑張れる?
私には、失敗する・考える・修正するといった成長の栄養を得る機会に欠けるように思えるが。快適過ぎるところには、別のストレスが生まれるような気がするが。
■古くから尽きない悩み
世の中は甘くなくビジネスは厳しい、人間関係のストレスがない場所はない、新人の課題はみんなが乗り越えてきたこと、などと言い古された正論を吐くつもりはない。が、正論はやはり正しいのだ。少なくとも、読んだり聞いたりして知っているつもりになるより、自分の頭と体を使って実感してはじめて成長につながることが、やって見ればすぐにわかる。
私は50年以上もフリーランスで過ごしたためか、世の中や組織・他人、自分に対しても過大な期待を抱かないことが習い性になっている。手取り足取り教えてくれる人もなく、困ってもだれも助けてくれない。教えてくれる・助けてくれる・叱ってくれる人がいれば望外のこと、感謝でいっぱいだった。また取引相手は尊敬に値する人ばかりではなく、騙されたり・馬鹿にされたり・無視されたり、嫌な思いも多く味わった。しかし中には長い取引で信頼できる知人になった人もいた。
予算・納期・人間・環境・雰囲気・ネットワークなど良いに越したことはないが例え劣悪であっても、周囲を批判したり自分に絶望する前に、まずはクリアすべき自分の仕事にゼロから無心に集中しなければ、生き延びることはできなかった。やはり悩みは成長しないと片付かない。成長すれば自然と信頼感も生まれる。
フリーではなく組織に所属していても、同じだと思う。まずはするべきことをクリアし、次にできることをこなし、好きな仕事に邁進できるほどの実力をつけることだと思う。
■悩みのルール
悩む前に、感情抜きで実際にあった事実だけを書き出してみるといい。注意する側よりも注意される側の不備が圧倒的に多い。言われる側のストレスも大きいが、嫌なことを言わなくてはならない側のストレスも大きい。相手の言い方に傷つく前に、不備があれば修正しよう。言われたくなければ、言われないようにしよう。
四六時中頑張るほど強い精神を持っていない私はonとoffをきっちり分けて、自分の時間を確保し一つのことに気持ちが縛られないように心掛けている。
顧客・社長・上司・先輩・同僚・後輩そして自分、すべて働く人間のサンプルに過ぎない。人は人。自分はどんな自分でありたいか、じっくり学び自分に証明してみせよう。
しかし我を捨てて集中しても、病むほど辛ければ辞めた方がいい。生命に危険が及ぶ場合と人間の尊厳が毀損される場合、私は感情の決定ではないことを確認して逃げることを自分に許している。が、手ぶらで姿を消してはいけない。自分の栄養になる何かを学んで辞めよう。偉そうなことをいう私も、実はストレスで不調を起こすし、ウジウジ引きずることもある。昨日社会人になった若者も、社会に長期滞在している年長者も、あまり大きくは変わらないのだ。それぞれの思いで右往左往している人間社会を、面白いと思って俯瞰してみると意外に気が晴れることもある。
2023年5月29日 (月) 銀子