銀子の一筆

わかった風に言ってみる

雪の降る日があれば、花粉が飛ぶ日もある。行きつ戻りつしながら、日脚だけは確実に伸びている。社会に巣立つ若者は新生活の準備はできただろうか。外には7人の敵がいるというけれど、敵は自身の内にあり。気負わず臆せず、確実な初めの一歩を踏み出しますように。

立春を待つようにして、91歳の叔母が逝った。最後は眠るように、家族が振り返った時には事切れていたらしい。日々の喜怒哀楽に加えて戦争の恐怖も味わっただろう叔母は、笑顔のまま上手に旅立った。それを見て悲しい気持ちより、安堵で嬉しい気持ちが湧いた。

◆経済の基本

お金に関心なく暮らしていた子ども時代には、世界の経済など考えたことがなかった。景気もGDPも他人事だった。大学教養課程の必修科目として経済学に会って、初めて興味が湧いた。といっても(先生はケインジアンだったが)肝心の論や説、考察や証明といった経済学の本筋ではなく、私には一見遠く感じる学問も学べば何やら哲学のようで面白かったのだ。経済は全方向的に人間社会のあらゆる事象とつながって絶え間なく動き、経営はそれらの流動的な動きを縫って素早い対応を迫られる。と、腑に落ちたのはもっと後のことだが。

※イギリスの経済学者ジョン・メイナード・ケインズの経済学理論を支持する人のこと


先生の言葉がいくつか記憶に残っている。 「宗教や民族・文化などイデオロギーの違いで戦争は起こると思いがちですが、すべての紛争の原因は利害です。つまり経済です。一般社会で同程度の経済力であっても、相手より優位に立ち発言力を高めるための競争が、市場を動かします」なるほど(商)敵・戦略・戦術・ロジスティクス(兵站術)など、経済に軍隊用語が多いのもわかった。しかし、(私の理解が浅いのかも知れないが)必ずしもそうとばかりは言い切れないのではないかとも思えたが、結局は人間が経済によって動くことは確かな気がする。先生はこうも言った。

「人に人格があるように企業にも人格が、社人格というものがあります。経営状態が良好であっても、社人格が劣る企業は市場からの信頼が継続しにくい」これはよく理解できた。 広告の仕事をしていた頃、これらの話は役に立った。当時、メセナ(芸術文化支援)活動が流行ったが、生半可に始めた企業は程なく撤退することが珍しくなかった。景気が良い時だけの社会貢献・余裕がある時だけのCSRでは、信頼は保持できないのだろう。

◆組織の品性

こんなことを思い出したのも、(昔からよくあることだけれど)最近とみに下品な話や出来事が多いせいだ。長い間フリーランスで暮らしてきた私にとって、世の中を動かしているビジネスパーソンたちは尊敬に値する存在の筈だった。毎日職場で見るビジネスパーソンの多くは熱意をもって仕事に向かうちゃんとした人々だし、当社の研修には多くの組織から熱心な受講生が集まって研鑽している。

それでも世の中には「なぜ?」と思う解せない話が跡を絶たない。行動の発端に悪意があろうとなかろうと、意図的な確信であろうが油断による不注意であろうが、「ごめん」では済まない大事になることが多い。一見、世の中は広く自由で選択肢は豊富なように見えるが、現代は世の中に許されるか許されないかの線引きが厳しくなっているともいえる。ましてをや個人の言動が組織や社会・国家の信頼に及ぼす影響を考えると、もはや個人の品性のありようはひとつのリスク要因にもなりうるのだ。

今後も続く不透明な変化の時代に、改めて人格の陶冶が呼びかけられていることは、大きな意味があると思う。成果を受け続けるためには成長連続の必要があるとする『7つの習慣~人格主義の回復』※1。『嫌われる勇気』※2による、自分の課題と他者の課題の分離が幸せな生き方に通じるとする心理学者アドラー説の解釈など、人格の陶冶が主軸になっている論は多い。「フムフムなるほど、わかった」私のような凡人は読んだだけで分かっている気になりがちだが、体現するのは簡単ではない。 他人事ではなく自分事として、すべての人間の・組織の・国の奥底に内蔵されているだろう暗闇を溢れさせない努力と自戒で、きっと人格は作られていくのだと思うべきなのだ。個人だって・組織だって・国だって人格は天性の資質ではないし、気を緩めれば社会という茫漠とした広がりの中で、清潔で正しい生き方からフッと外れてしまうことは簡単なのだから。


※1:スティーブン・R.コヴィー,完訳 7つの習慣 人格主義の回復,キングベアー出版,2013年.

※2:岸見一郎,古賀史健,嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え,ダイヤモンド社,2013年.


2023年2月24日 (金) 銀子

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