銀子の一筆

不要な動線

頂を真っ白に輝かせた富士山を見たのはいつの事だったろう。今年は130年の記録を破る富士山初冠雪の遅さだという。天上も天下も異常気象の影響を受けている。とはいえ確実に秋風の立つ毎日、仕事に追われる人も追う人も、まずは健康だけが頼りだと肝に銘じたい。

最近の若者はタイパ(タイムパフォーマンス)優先の風潮だと聞く。自分に必要な情報だけをスマホから得て関係のないものは遮断、画像も読書も倍速で再生して把握するらしい。
若いということは多分、仕事も遊びも勉強も、全方向に向かって忙しいということなのだ。
しかし手間暇のかかる紙文化が優れている点は、書き手の気持ちの緩急、思考の推移などリズムや流れが伝わることにもある。行間を読み、あえて触れられていないことを感じ、余韻を咀嚼する余裕がある。昭和生まれの私には、必要なことだけでよい・事実が伝わればよい・早ければよいというものではないだろう、表面に出ていないことを想像する・関係ないと思うことからも新たな発見をするなど、大事に思えるのだが。書籍を選ぶのにもある程度の経験が必要で、時々失敗をしながらも徐々に良いめぐり逢いが生まれてくる。かつて書物は知識や知恵の宝庫だったが、今は流行らないアナログ趣味なのだろうか。

■あ~忙しい忙しい

仕事や家事を効率よく・ストレスを抑えてこなすために、職場や家庭の動線を考えることは常識だ。若かった頃、本当に仕事が忙しかった時代には、私も効率の良い動き・優先順位・時間の使い方(タイパ)をいつも頭の中で考えていた。まして便利な電子機器などない時代、限られた時間と体力で、いかに動くかは大事なことだった。まだ家族がいた頃も、季節や天候に沿って変わる家事の動線やタイムスケジュールは、いつも大きな課題だった。
相対的に見れば、今の若者と同じなのかもしれない。『不思議の国のアリス』の白兎のようにいつも時計を気にして「大変、大変、遅刻しそうだ」と、走っていた気がする。
最近は歩き過ぎといわれ始めたが、当時は1日1万歩が健康にいいといわれていた。そう言えば、昔は1万歩を優に越していた。今は歩数より歩くことが楽しいかどうかが大事だ。

■わざわざ馬鹿げる

高齢になると華々しい行動域は狭まり体力も衰えるが、気力は充実して楽しみは増える。「年寄りの冷や水」や「○○の手習い」も楽しいが、自分を含めた人間社会をちょっと斜めから見る余裕ができて面白い。
あんなに気にしていた効率的な動線はほぼ無視するようになった。むしろ多少余分な動線があった方が健康にもいい。コーヒーを取りに行くついでにちょっとスクワットやナンバ歩き(古武術:脚と腕を同じ方向に出して歩く)を試みたり、買い物に遠回りの路を選んで民家の庭にたわわな柿を見つけたり。不要な動線は多くの物をもたらす必要な無駄なのだ。

■百利あって一害なし

この年齢になって実感した不要の要だが、高齢者だけの特権ではない。若い人も働き盛りの中堅も、早く気づけば早く楽しい。そんな暇など無い忙しいビジネスパーソンにこそ、非論理的・不合理なアナログ時間があった方が気持ちに余裕ができると思う。余分な動線によって、どれほどの損害が生まれるか。何のほんの一瞬に過ぎない。パジャマで過ごす休日やストレス発散の飲み会・イライラ解消の喧嘩よりも、他人に迷惑をかけない即効性のあるリフレッシュ法でもある。
業務に関係のない本を読む。一人旅のルートを時刻表上で考える。回り道をして季節を楽しむ。知らない街の銭湯に入ってみる。忘れていた子供時代の遊びをする。
行先(目標)さえブレなければ、不要な動線・無益な経験などないのだ。嘘だと思うなら、やってみて。


2024年11月18日 (月) 銀子

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