緑が深くなった公園のベンチで野良猫がくつろいでいて、「ネコちゃん、こんにちは」と親子連れが話しかけていた。 初めて同士でも穏やかに近づけるような、風のない梅雨晴れ間だ。 世界の人口約78億人(2020年)の内、縁あって人が生涯で出会う人は何人くらいだろう。
混迷の出発だった新入社員は、初めての社会生活に慣れただろうか。
晴れの日や雨の日があるように、気が合う人だけでなく気が合わない人に会うのも自然なことだ。
自力で暮らす様々をしっかり体験して全部栄養にすればいい、と思う。
子供のころ、母から日常生活で「ありがとう」と「ごめんなさい」、「はい」と「いいえ」をきちんと言いなさいといわれていた。
語学はあまり得意じゃなかったが、大人になって外国人と話すときにも、「ありがとう」と「ごめんなさい」、
「はい」と「いいえ」が言えれば、ほかは何とか片言で通じた。万国に通じる最小限の「きもち」だと思う。
◆初対面に用心
多くの場合、初対面で大きな問題が起こることはないが、予断や偏見、外見や話し方で悪印象をもつことがある。
しかししばらく時がたつと意外と気が合う人だったり、良い印象だった人が思いのほか難しい人だとわかることもある。
長年の経験からか、生来からかわからないが、私は第一印象をあまり信じない。(初対面は私もみんなも必要以上にいい人だもの)
それは人間に対してだけでなく、仕事や物に対しても同じだ。
よく知らないことを信じ込むのも、毛嫌いするのも、予断になってしまうと思う。
するべきことをしながら、自然に道が開けるのを見るのが得策だと思う。
とはいえ、初めての事物に対するときには、良いにつけ悪いにつけそれなりの緊張がある。
◆最初の軋轢
先ごろ、やっとパソコンを買い替えた。
以前のPCはとっくに古く重くなっていたが、手によく馴染んでいて、なかなか手放せなかったのだ。
新しいPCはさすがにスピーディで軽やかだ。使い始めたその日に既に一度固めてしまったが、フラットなキーボードも静かで心地よく、次第に慣れてミスタッチも減ってきた。
しかし、このPCはひどく過敏で、作業の途中で指をかざしただけなのに察知して、頼んでいないのに倍率を頻繁に勝手に変える。
(ちょっと!一体何なの?)
急いでいるときには癇に障る。
だが、考え直した。デスクに向かって共に力を合わせて仕事をしているのに、自分の都合ばかりを優先して、少しも相手(PC)の性質や都合を考えていなかった。
きっと私が、紛らわしい動作や、せっかちに余分な動作をしているのだろうと思う。(ごめんなさい)
初対面から時間がたっていないのだもの、これからユルユルと互いの性質や仕事のやり方を理解していこう、と思った。
本気でPCに人格があるとは思っていないが、もしも万一、人格があっても、失礼にならないように穏やかに付き合おう。
なんでも、そうかもしれない。人でも物でも、仕事でも勉強でも、知っている気になって雑な取り扱いをしていないだろうか。 まだまだ知らないことばかりだと思って、丁寧に対さなければ多分私はつまづき間違える、と自戒しよう。
◆敵対したくない
さて初対面から既に1年以上、歴史上では何回もあったことだが、私にとっては(多くの人にとっても)初のパンデミックと相対した。
災厄だ。凶事だ。疲れる。困る。飽きた。
直撃を受けた多くの方々を悼み、見舞う気持ちに嘘はない。身の危険を省みず献身する方々に心から敬意を表する。
運よく災禍を免れている方々には、エールを送る。
しかし不謹慎ながら、私は心の奥底で初めての体験を興味深く観ている。
こういう時に、人はどう考えてどう動くのか、何に怒り、何を喜びにするのか、毎日あまりにもあからさまな画像がテレビから流れる。
人も都市も国も、様々な立場と様々な思惑で様々に動いている。ウィルスもまた、生存競争のただ中で、何とか存続を願って一生懸命戦っているに違いない。
なんでも一筋縄ではいかない。相手にも自衛の術がある。
私はといえば、自分がすべきこと、自分にできることをして、あとは運の神様頼みしかない。
わが身の健康も免疫も、社会の風潮も、科学の進歩も、初めて出会ったと思って穏やかに理解することから共存の方法を探していこう。(そんな場合?)
物が不調になるときは重なるもので、PCに次いで携帯電話、電子レンジが不調になった。(何ということでしょう) テレワークで家にこもっているというのに、こうしてまた初対面が増えてしまう。 晴れたり曇ったり降ったりせわしい季節、少しは静かにしてほしいなあ。
2021年 7月 14日 (水) 銀子