近年の天候は晴雨も寒暖も変化が激しくて、穏やかな日本の生活レベルを超えている気がする。予定通りに訪れる四季の移ろい、見合った地域から季節ごとに届く産物や風物が懐かしい。 人間の知恵と工夫、科学と技術で穏やかな地球を取り戻すことはできないのだろうか。
◆アイディアを形にする
私は小さい時から自分で考えて何かを作ることに興味があった。
自分の部屋でステンレスやナイロンを作ることはできないが、人の手仕事で作られたものは必ず自分にもできる、と身の程知らずにも信じていた。(実は勘違いなのだが)
ある時、美しい編み柄のセーターを見てオリジナルの編み柄を作りたいと思った。母から毛糸をもらって、人形のセーターを作った。
私にしてはきれいに仕上がったが思ったよりも平凡で、試行錯誤し過ぎて二度と同じ柄にできなかった。母に「手芸もいいけれど裁縫ができなきゃだめよ」と言われた。
ある時、既に作れるようになっていたハンバーグを作ろうとして、いいアイディアが浮かんだ。肉ダネを一つにまとめて大きなボールにしたら、祖母はびっくりして喜ぶに違いない。
苦労してソフトボール大にして、トマトソースで煮込んだ。器に盛るときはしっかりしているように見えたが、切り分けようとすると崩れてしまった。祖母は「食べにくい」と言った。
後で母から中国料理に獅子頭という大きな肉団子の料理があることを聞いて、オリジナルのアイディアではなかったことにガッカリした。
「お料理もいいけれど、炊事ができなきゃだめよ」と母に言われた。普段の基礎がなければ、思い付きは形に定まらない。
◆楽しさの工夫
ある時、地方の知人を訪ねて、川原土手で籠いっぱいの土筆を採ってきたことがあった。土筆の胞子は微粉状の美しい緑色なので、お団子にしたらどんなにきれいだろうと思ったのだ。
帰宅して一本一本の胞子を集めた。
何とまあ気の遠くなる手間暇で、ほぼ終日続けても吹き飛ばせるほどの少量しか胞子は採れなかった。が何とか家族のオヤツになる分を集めて団子生地に練り込んだ。
想像通り美しい色には仕上がったが、苦労の割には無味無臭で春の味とはいえなかった。抹茶または蓬だったら、もっと簡単でおいしかったのに。
家族は「しようと思ったことが偉い」とほめてくれたが、もう二度としないし、他人にもすすめられない。
こんなこと山ほどあった。かくもアイディアを形にして、成果を出すことは難しい。
別荘を借りていた時、嵐で停電になったことがあった。懐中電灯もろうそくも無くて困った。 そこで小皿にサラダオイルを入れて麻ひもを浸し、蚊取り線香立てを使って古来ながらの燈明皿を作って灯した。友達が拍手して喜んでくれた。目新しくはないが私の工夫が初めて評価されたのだ。 多分、趣味のように面白がってする工夫よりも、誰かの何かの役に立つ工夫が重要なのだ。
◆役に立つ工夫
出汁をとった後の昆布を佃煮にする、濡らした新聞紙を絞って散らし掃除の掃き出しに使うなど昔から多くの人が行っている、無駄を出さずに効果的な工夫がある。
私が子供の頃はストローといえば、太いものや細いものが混ざっている(それも楽しい)本物の麦わらだった。近々、脱プラスティックのために、ある飲料企業が復活させるらしい。
懐かしいだけではなく、素敵なアイディアだ。
日本の人口は減少しているが、世界の人口は増え続けていて2040年には90億人に達するという。加えて環境変化から世界の食糧不足が予想されるので、さまざま開発が始まっている。
昆虫食は実用にはまだ遠いが、将来を見越して既に大豆による代替肉は市場に出たし、培養肉やゲノム編集による魚も開発されている。
まだどれも食べてはいないが、いずれスタンダードになるのかも知れない。足りている時の工夫は楽しい一方だが、不足している時の工夫は重要な命綱かもしれない。
個人でも日頃から身辺の基礎を重ねて、必要な時に役立つ工夫につなげようと思う。
2022年6月8日 (水) 銀子