虫穴をいずる候、寒暖晴雨を繰り返して大地に緑が増してくる。変わらないこと・変わること、去る者・来る者、淘汰・新生。世の中の流れは流れとし、春は自身の志と覚悟を定めて暖かい部屋から出て、新たな空気で肺を満たし次なる一歩を踏み出す時なのかも知れない。
毎日の部署のリモート朝礼の連絡表に、その日に因んだマークが付いている。見ただけでは何の意味か分からないのだが、説明を聞くと「へぇ~」とか「ほぉ~」とか声が漏れる。遠隔地勤務や在宅勤務の人も含めてカメラ越しに笑顔が揃う。ほかにも「マラソン大会に参加した」「花粉症が始まっている」など、一言の近況や寄り道情報で業務開始前のひと時が和む。ある時、誕生日の人が「ちなみに〇〇と同じです」と言ったことから、皆が自分の誕生日と同じ誕生日の有名人を挙げて楽しかった。私は誕生日が同じ有名人を知らなかったのでさっそく調べてみたら、なんと独自の理屈で隣国へ侵攻した話題の人だった。関連付ける必要はないことなのだが、何だか非常に気分が凹んだ。もし聞かれたら気分が良くなる同じ誕生日の別の人、明るい芸人か名チェリストの名を言おう。
■準備される反発
人間は特に子供は、他愛ないことで気分が変わる。今やろうと思っていたことを先回りして命令されると、とたんに素直にできなくなってしまう。言わなければやらないでしょ、とのメッセージを感じて、メンツがつぶれるのだろうか。かと思えば、絶対に母親の言う通りになんかするものかと堅い決意だったのに、分かってるよねのメッセージが届くおばあちゃんの誘いにはケロリと笑顔で従ってしまう。上手に自分を乗せて欲しかったのだろうか。子供は単純だからではなくて、正直に振舞っているだけだろう。
実は顔に出さないだけで大人も同じ。ある人に言われると無性に腹が立つのに、同じことを別の人に言われると素直に吞み込める。言い方・振舞いによるのだろうが、言われる方は前々から何か相容れない違和感を感じていたのかも知れない。虫が好く・馬が合う、何となく信用できるかできないかも、一つのアンコンシャス・バイアスかも知れない。
■普通名詞の悲哀
男女・老若・職業・体格などによる予見、または男の子には青い箱・女の子には赤い箱など自然に発生するバイアス自体は、私にはそれほど悪いこととは思えない。思いやりに通じる一面もあるし、単なる区別の総称でもある。が、少し気を緩めれば偏見・差別に直結する恐れもある。もちろん職場では、避けた方が無難だ。職場での独断的な発言は「あぁ、そう思っている人なんだ」と受け止められ、その後の信頼関係に響くかもしれない。
私は高齢者を初体験中だ。見た目年齢にまつわる社会の思い込みにも、十把一絡げの偏見にも既に慣れたが、内心、感謝することも傷付くことも未だに多い。新社会人も✕✕世代などと総称で括られがちだが、時が経ち社会または集団に有益だと認められると、次第に固有名詞で認識されるようになる。アンコンシャス・バイアスの何が悲哀か、それぞれ違う個人を見ずに普通名詞の総称で括られることにある。
過日、施政方針演説で「若者や女性が働きやすく魅力ある職場づくりを進めるため、アンコンシャス・バイアス、すなわち無意識の思い込みの解消を図るとともに、男女の賃金格差の是正を促進する法案を提出します」とあった。(素晴らしい。そうなるといいですね)しかしあくまでも私見だが、男女雇用機会均等法の実現に向けた賃金格差の是正とアンコンシャス・バイアスの解消は別の問題だと思う。賃金や職位の性格差は是正できても、施政や法令で人間の無意識の思い込みを解消するのは難しいのではないか。長い時間をかけて浸透した個々人レベルの日常文化を変えるのは遠い上方からではなく、日頃から生活現場でバイアスを放置している私たち一人ひとりが、都度都度に応じて改善していくものだと思える。
2025年3月3日 (月) 銀子