◇上林 憲雄氏(Norio Kambayashi)◇
英国ウォーリック大学経営大学院ドクタープログラム修了後、 2005年神戸大学大学院経営学研究科教授、経営学博士。専攻は人的資源管理、経営組織。
■薄い職務意識
日本企業に勤めるビジネスパーソンの方で,自分の仕事内容が何であるか明確に言える人は少ないはずです。あれもこれもさまざまなことをしている状態で,明確に定まった範囲内の職務に就いていないのが普通だからです。
日本企業では「職務」(=従業員個々人に与えられた業務)という意識が低く,したがって人事異動の際にも「次のあなたの職務はこれです」と明確に伝えられないことがほとんどです。そこで,多くの日本人は,自分に与えられた職責が何であるかを明確に意識することなく,(悪くいえば)ただ何となく仕事をこなしている従業員も多いようです。
こうした日本企業の仕事のあり方は,職務(job)という意識が明確に定義されているアメリカ企業とは,(どちらがいい,悪いかの問題ではありませんが)極めて対照的に捉えられます。
■伝統的な日本企業の採用基準
日本企業とアメリカ企業のこうした職務意識の相違は,「仕事と人の関係」を,両国で全く異なったものにしています。例えば,多くの伝統的な日本企業では,新人を採用する際,担当業務が入社前に明確になっていません。仕事に適任かどうかよりも,その会社の価値観や理念,組織文化や風土と合致するかどうかが,採用時に重要な判断基準となっています(少なくとも,90年代頃まではそうでした)。したがって,これまでの仕事経験が無く,色に染まっていない真っさらな人材(しかし有能なポテンシャルを備えた人材)を採用し,入社してから社内で育てていけばよいという発想で,日本企業の採用活動は行われてきました。だからこそ"偏差値"の高い有名大学の新規学卒者が重宝されてきたのです。
こうした日本企業の採用の仕組みを「仕事と人の関係」として捉えるなら,人が先にあり,その人を仕事に合うように育成していく,「人主義」の考え方が主流でした。
■アメリカ企業の採用基準
これに対し,典型的なアメリカ企業では個々人の職務は極めて厳格に定められており,離職や退職に伴って欠員が生じた職務に,最も合致する適切な人材を外部から採用するという発想が大前提となります。職務が明確に定められているため,「○○という職務をするので,△△や□□のような技能や能力を備えている人」というような形で,応募をかけることも容易です。
こうした仕組みのもとでは,厳密に定められた職務への人員配置ですから,選考時には保有スキルや知識,これまでの経験や業績が重視されることになります。こうした仕組みは,日本とは逆で,仕事が先にあってその仕事に合った人を選ぶ「仕事主義」の採用システムであるといえます。
■異動の仕組みも日米で違いが
異動の際も,こうした人主義かあるいは仕事主義かの違いによって,異動先が当然に異なってくることになります。
人主義を旨とする日本企業では,会社幹部に育っていくためにいろいろな部署を体験させるのが一般的なやり方です。その会社の重要な部署はひととおり経験させてから経営幹部に昇進していくのです。日本企業の人材育成が「ジェネラリスト志向」と呼ばれるゆえんです。
アメリカ企業では,1つのメインとなる職能(製造なら製造,営業なら営業)のみか,あるいはせいぜいもう1つサブとなる職能のみを経験して経営幹部になっていくケースが大半で,スペシャリスト志向と呼ばれます。
■社会的に"偉い人"の定義が異なる!
ここで興味深い点は,日米間で「どんな人が偉いか」の考え方が大きく異なっている点です。即ち,日本では「いろいろなことを知っている博識な人」が社会的に偉く,尊敬を集める対象となりがちです。
これに対しアメリカでは,「たとえ狭い範囲であっても1つのことを徹底して極めている人」,「その道のプロフェショナル」が,社会から尊敬を集める"偉い人"と受け取られているのです。
ただ最近,日本でもこうした「プロフェショナルは偉い」という考え方へと徐々に変わりつつある萌芽がいろいろなところにみられます。
☆次回もお楽しみに!