◇上林 憲雄氏(Norio Kambayashi)◇
英国ウォーリック大学経営大学院ドクタープログラム修了後、 2005年神戸大学大学院経営学研究科教授、経営学博士。専攻は人的資源管理、経営組織。
■内部マネジメントの経営学
経営学の領域で最も有名で,読者の皆さんもいちばんよく耳にする機会があるのは経営戦略論でしょう。戦略をどう立案し実行するかが,経営で成功を収める基本ですから重要なのは当然です。
しかし,経営戦略論がアメリカで経営学の領域として打ち立てられ,日本にも輸入されて盛んに研究されだしたのは,せいぜい1980年頃からです。経営学の伝統的な領域としては,企業の外部(市場,環境)を扱う経営戦略論よりも,内部マネジメントのあり方の議論の方が遙かに長い伝統を有しています。
テイラー(F. W. Taylor)によって20世紀初頭に経営学が創始されたことは以前も触れましたが,それ以降70~80年間は,経営学の殆どの研究は内部マネジメントの手法についての研究で占められてきたわけです。
■内部マネジメントの類型化
マックス・ウェーバー(Max Weber)というドイツ人学者は,組織に於ける意思決定やマネジメントの在り方にいくつかのパターンがあることを発見しました。ウェーバー自身は偉大な社会学者・宗教学者であったのですが,この研究によって,その後の経営学の研究の展開にも大きな影響を与えることになった,希有な人物です。
ウェーバーは,マネジメント(management)という用語ではなく,コントロール(支配,control)という用語で説明しており,正確にいうと両者は概念上区別されるべきなのですが,内容的にはコントロールは内部マネジメントの在り方と読み替えても,ひとまず差し支えありません(ウェーバー著,世良晃志郎訳『支配の諸類型』創文社,1970年に詳細が記されています)。
では,彼が考案した3つの内部マネジメントのパターンについて,以下でみてみることにしましょう。
■「偉い人」が仕切るマネジメント
1つめの内部マネジメントのパターンは,非常に権威を持ったカリスマのようなリーダーが存在していて,そのような「偉い人」がありとあらゆることを決定し,命令し,動かしている,そのようなマネジメントの在り方です。極めて属人的で,カリスマ個人の資質・能力に依存して,組織の内部マネジメントが行われます。
ウェーバーはこのマネジメントの在り方を「カリスマ型マネジメント」と名付けています。
■カリスマ型マネジメントの具体例
ウェーバーの書物の中では,政治的・宗教的な実例を中心に書かれていますが,多くの企業組織においても,こうしたカリスマ・リーダーによるマネジメントの在り方の例はいくらでも挙げることができるでしょう。
例えば,ウェーバー自身も例に挙げている歴史的に有名な例としては,モーリス自動車のナフィールド卿や,フォード自動車のヘンリー・フォードのような事例です。より身近な例としては,アップルのスティーブ・ジョブズを想起されてもいいですし,我が国の経営者でも,松下幸之助をはじめ,カリスマ・リーダーと呼ぶべき名経営者はたくさん居られます。
■カリスマ型マネジメントの問題点
では,カリスマ的マネジメントは,どういった特徴や問題点があるでしょうか。ウェーバーによると,その最大の問題点は,権威の基盤が一個人の特徴にあり,命令がそのカリスマの直感や考えに基づいて出されるために,不安定な要素を組織が抱え込んでしまうことにあると述べています。
また,カリスマ・リーダーの決定には組織の誰もがおかしいと思っていても口を出せなくなります。これで失敗した企業の事例も枚挙に暇がありません。
■後継者問題で崩壊
そして,さらに深刻な問題は,不幸にもそのカリスマ・リーダーが亡くなったとき,権威を誰が引き継ぐかという後継者問題が発生することです。ウェーバーによると,歴史的には,「我こそはカリスマ指導者の真の後継者である!」と主張する多くの弟子たちの間で分裂が起き,組織としてのてい体をな為なさなくなり,いずれ組織は空中分解してしまうことになるのです。
こうしたカリスマ的マネジメントは前近代的な内部マネジメントの在り方です。ウェーバーは,カリスマが亡くなった後,組織は残りの2つの類型のいずれかの内部マネジメントの在り方に移行することとなると述べています。
☆次回はその残る2つについて見ることにしましょう。