◇上林 憲雄氏(Norio Kambayashi)◇
英国ウォーリック大学経営大学院ドクタープログラム修了後、 2005年神戸大学大学院経営学研究科教授、経営学博士。専攻は人的資源管理、経営組織。
■経営の基本としてのモチベーション
働く意欲をどうやって上げればよいか(モチベーション)は経営に携わる方々にとって最も基本的で素朴な問いです。街の書店には,いつ行ってもモチベーションに関するビジネス書が所狭しと並べられています。
経営学においても,モチベーション理論には多くの展開があり,これこそ決定版といえるような理論は,残念ながら存在しません。ただ,古典と呼ばれる有名なモチベーション理論には,そのアプローチ法や展開の仕方に1つの共通点が見られます。
■人間行動を分類
それは,人間のもつ心的特性を見極め,この心的特性やそこから導かれる人間行動を対照的な2つのパターン(「人間モデル」)に分類し,それぞれに合ったモチベーションの上げ方を分析するというアプローチをとっていることです。
例えば,マズロー(A. H. Maslow)の欲求階層説でみられる低次元欲求vs 高次元欲求,ハーズバーグ(F. Herzberg)のいう衛生要因vs 動機づけ要因,あるいはマグレガー(D. McGregor)のいうX理論 vs Y理論などが典型です。
■マグレガーの理論
これら数あるモチベーション論のうち,以下では具体的で分かりやすいと思われるマグレガーの理論を見てみることにしましょう。マグレガーは,1960年に発表した『企業の人間的側面』(The Human Side of Enterprise)という書物で一躍有名となり,その後の経営学やマネジメント思想のトレンドを変えた,経営学の巨人です。
ただ,有名な書物の割には,この著書で展開されている「X理論・Y理論」のとらえ方については誤読も多いようです。
マグレガー理論の正確な理解のために,ご存じの方も多いと思いますが,ここで簡単におさらいをしてみましょう。
■人間性悪説:X理論
マグレガーは,人がなぜ働くのかという問いに関して,全く対照的な2つの考え方が存在することを発見しています。その2つの相反する考え方を,それぞれX理論,Y理論と呼ぶのです。
まず,X理論の考え方として,マグレガーは次の3つの前提があるとしています。
(1)普通の人は生来仕事が嫌いで,できることなら仕事はしたくないと思っている。
(2)たいていの人は,強制されたり,統制されたり,命令されたり,処罰するぞと脅されたりしない限り,目標達成のためにきちんと働かない。
(3)普通の人は命令される方が好きで,責任を回避したがり,あまり野心を持たず,何よりもまず安全を望んでいるものである。
この3つの前提の背後にある考え方は,簡単にいうと,人間を基本的に"怠け者"と捉える性悪説的な考え方であるといえるでしょう。
■人間性善説:Y理論
X理論とは対照的に,次の6点のような"性善説"を前提とする人間行動についての考え方があるとマグレガーは主張し,これをY理論と名付けています。
(1)仕事で心身を使うのはごく当たり前のことであり,遊びや休暇の場合と変わりはない。
(2)外から統制したり脅かしたりすることだけが,目標達成へ向けて人にきちんと働いてもらう手段ではない。人は,自分から進んで身を委ねた目標のためには自らにムチ打って働くものである。
(3)献身的に目標達成に尽くすかどうかは,それを達成して得られる報酬次第だが,中でも自我欲求と自己実現欲求が特に重要である。
(4)普通の人は,適切な条件さえあれば自ら進んで責任を引き受けようとするものである。
(5)たいていの人は,企業内の諸問題を解決するにあたり,かなり高度な想像力や創意工夫を発揮するものである。
(6)現代企業(1960年頃を指します)においては,日常,従業員の知的能力はごく一部しか活かされていない。
■モチベーション・マネジメントに違いが
マグレガーは,X理論とY理論のいずれの前提に立つかに応じてモチベーション・マネジメントのあり方が異なると主張しています。
・・・実は,この解釈に誤解が多いのです。
★次回,この誤解について述べることにしましょう。