◇上林 憲雄氏(Norio Kambayashi)◇
英国ウォーリック大学経営大学院ドクタープログラム修了後、 2005年神戸大学大学院経営学研究科教授、経営学博士。専攻は人的資源管理、経営組織。
■新年度のスタート
4月に入り,会社では未だ右も左もわからない新人が入社し,気分新たにスタートを切っている時期だと思います。
私の勤務する大学でも,毎年のことながら,フレッシュな新入生を迎えています。多くの大学生は,これから始まる勉学に期待と不安がない交ぜになった複雑な気持ちでしょう。
今回は,新入社員や新入生の皆さんにとってこれから役に立つ「逆転」の発想法,物事の"斜め"からのとらえ方について述べることにしましょう。
■2つのアプローチ
多くの学問領域の基礎となる学習の仕方に,「理論」と「歴史」の2つのアプローチがあることを,皆さんはご存じでしょうか。
この2つのアプローチは,学習の仕方が大きく異なるため,対置され,時に相容れないアプローチであると受け取られることがあります。「歴史の勉強は楽しいけれど,理論はイマイチ難しくて苦手だ」というのは,よく聞く声です。
私が以下で述べる点は,実はこの理論と歴史という両アプローチは互いに関係があり,少しものの見方を変えて"斜め見"することによって,バランスのとれた深い学びが可能になるという点です。
■学問領域の理論と歴史
例えば経営学でも,前回このコーナーでも取り上げたマグレガーのX・Y理論のような,経営理論の学習と,企業経営者がこれまでどのように自社を発展させてきたかについて学ぶ経営史(ビジネス・ヒストリー)の学習法があります。
ちなみに,経済学にも理論(例えばケインズの一般理論)と歴史(経済史)のアプローチがあります。加えて,経済学にはさらに政策(経済政策)というアプローチも置き,3本立てでアプローチされることが多いようです。
経済学や経営学以外のどの学問領域であっても,理論を打ち立てるアプローチと,歴史を掘り起こすアプローチの2種があって,その双方をバランス良く学習するのが学問の世界での王道で,初学者にとってオーソドックスな学習法です。
■因果関係の分析
では,理論アプローチと歴史アプローチは,それぞれどういう特徴をもっているのでしょうか。
理論のアプローチとは,単純化して言うと,因果関係を分析し,抽象的に「AならばB」の関係を証明するアプローチであると言えるでしょう。
例えば,経営学でよく取り上げられるモチベーション理論のエッセンスは,「職務をやりがいのあるものにする → 個人のやる気が上がる」というもので,「AならばB」の形になっていることが窺えるでしょう。他のどのような理論であっても,いやしくも○○理論と呼ばれるものであれば,必ずこうした因果関係をその内部に含んでいるはずです。
■できるだけ普遍化を目指す
ここから窺えるように,理論アプローチの重要なエッセンスは,ひとまずはその状況(コンテキスト)からは引き離し,できる限り事象を普遍化することです。たとえどのような状況であっても,Aという事象が生じれば必ずBとなる,という形にまとめようとする発想法が理論的アプローチの最もベースにある考え方です。
理論アプローチをとる上で重要な点は,ある程度"乱暴"に,細部は捨象して大雑把に捉え,思考することです。
■コンテキストを丁寧に分析する
これに対し歴史アプローチの特徴は,実際に生じた事実を確認し,それを丁寧に詳しく叙述することです。そのためには,例えば今まで発見されていなかった歴史的事実を掘り起こし,その事実が発生したコンテキスト(状況)を,できる限り丁寧に記述することが何よりも重要になります。理論アプローチのような"乱暴"な普遍化はもってのほかです。
例えば,会社である戦略がとられたとすると,その戦略を立てるに至ったプロセス,そこに絡み合う多種多様な集団や個人の思考や言動をできるだけ丁寧に掘り起こし,それを細かに叙述することが歴史アプローチでは重要になってきます。
こうして,理論と歴史の2つのアプローチは対照的な特徴を持ち,一見,頭の全く違う部分を使うように思えます。しかし,本当に両アプローチは互いに相容れず,独立したアプローチなのでしょうか。次回,この点に関する私見を述べてみようと思います。