今週から、1/28(東京)、2/7(大阪)で『インソース新春セミナー』題して開催いたしました。
神戸大学経営学部経営学研究科 上林憲雄教授の講演「人的資源管理の現状と新しい流れ」をお届けいたします。
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【上林憲雄 教授】
英国ウォーリック大学経営大学院ドクタープログラム修了後、
2005年神戸大学大学院経営学研究科教授、経営学博士。
専攻は人的資源管理、経営組織。
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【第2回】 「HRM(人的資源管理)」
◆人という資源の価値◆
実は、"人"という資源は、他のモノや情報やカネにはない、非常に特殊な特徴を持っています。
まず、"人"は、「他の資源を動かす原動力」になります。例えば、「情報」は人間がそこに意味付けを行い、付加価値をつけるからこそ「価値ある情報」となります。
人が他の経営資源を動かす原動力というのはそういう意味です。
人が他の資源とは違う2つ目の点は、人は「育てることができる資源」だということですね。他の資源は育ちません。
つまり、人間は無限の可能性を持っているということができるわけです。
それから、3つ目の点は、物や金や情報とは違い、人は感情や思考力を持っています。
ですから、経営者は、人という資源をマネジメントするときには、マネジメントされる人に配慮する必要があります。
人が他の資源と比べてマネジメントが非常に難しい一番の理由です。
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◆PM(人事労務管理)からHRM(人的資源管理)へ◆
人は育てることができます。しかし、短時間で劇的に成長することは困難です。よって、人のマネジメントの領域では、生産管理や情報管理のように、イノベーティブな管理手法を生み出されることは難しいのです。
なにしろ、人は生身です。機械のようにはいきません。いま申したように、人のマネジメントは、基本的には、大きな変化は起こりにくい領域ですが、ここ10年くらいで大きなパラダイムシフトがありました。
それが、人を戦略的な資源として考えようという「HRM(ヒューマン・リソース・マネジメント、人的資源管理)」への発想転換です。
これはどういうことかというと、今まで、HRMが提唱される前までは「人のマネジメント」というと「PM」(パーソナル・マネージメント、人事労務管理)を指していました。
それがここ10年くらいで、「HRM」(ヒューマン・リソース・マネジメント、人的資源管理)を指すように変わりました。
この一番大きな変化は、それまでは人を「コスト」と考えていましたが、それを「戦略的資源」と考えるようになったということです。
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◆"人"をコストではなく戦略的資源と考える◆
比較的よく言われることではありますが、「人材四態」といって、人材をレベル1からレベル4まで分ける考え方があります。
レベル1:「人罪」。人の足を引っ張る
レベル2:「人在」。ただ存在してるだけ。
レベル3:「人材」。普通の人材。付加価値を生み出しうる存在。
レベル4:「人財」。自分の頭で考えて多くの価値を生み出す存在。
かつての労務管理の時代は、人はコストであったわけですが、現在では、人事は業績を改善する非常に積極的な手段として、
「戦略経営」と考えられることが非常に多くなっています。
事前に戦略に基づいた、積極的な人事を行うと、従業員との間に、心理的な契約(経済的でない契約)が成立し、相互に期待が成立します。
また、仕事を通じて学習の機会を付与すると、それによって人の無限の可能性を引き出すことができます。
もちろん動機付けも施すことができます。
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◆HRMは実は日本発のマネジメント手法?◆
さて、このような研究がかつて行われました。
「人事労務管理」(PM)から「人的資源管理」(HRM)にパラダイム変換した後、アメリカの大学で用いられている経営学の教科書の内容が、どのように変化したかを分析した研究者がいます。
その結果わかったことは、「人的資源管理」(HRM)の段階に変った後は、働く「目的」に関する教科書の記述が非常に増えていました。
逆に「調達」や、かつてはさかんに取り上げられていた「労使関係」に関する内容は減っていました。
さらに細かく説明しますと、「目的」の記述の中では、「方針」あるいは「戦略」などの項目が非常に増えていました。
これは人事と戦略論との結びつきが強くなったためです。それから「人事施策」「事業施策」などの内容も戦略と関係深いものが非常に増えています。
それから、わずかではありますが、「意思疎通」も増えています。
繰り返しになりますが、人というと、かつては「コスト」や「労働力」、「生産要素」として捉えられていました。
けれども、今日では、無限の可能性を秘めた資源として、「価値ある経営資源」、「教育訓練」、「能力開発」が重視されています。
ただ、「人事労務管理」(PM)から「人的資源管理」(HRM)の転換の話を聞いて、「そんなことは昔から分かっていた」と感じられた方もおられるかと思います。
そのとおりです。
実は、HRMは、本来的には日本企業の方が得意な分野なのです。
アメリカで学問として取り入れられる前に、すでに80年代に経営学の中では一橋大学の伊丹敬之先生の『本主義企業 : 変わる経営変わらぬ原理』(筑摩書房、1987年)というご著書も出ておりますし、日本の企業では、「人が財産」であるということは当の昔からわかっていたことなんですね。
じゃあなぜ、今更、「人事労務管理」(PM)から「人的資源管理」(HRM)の転換というと、経営学というのはアメリカから輸入されてきた学問ですが、アメリカで「人的資源管理」(HRM)ということがいわれるようになってきたのは1980年代後半です。
日本では「HRD」(ヒューマン・リソース・ディベロップメント、人的資源開発)の概念はあっても、それが学問として体系化されていなかった。
だからこのような、いまさら知っていることを新しいもののように輸入するというおかしな現象が起こっているんです。
では、アメリカでは、「HRD」(ヒューマン・リソース・ディベロップメント)が成立する前は、「日本的経営ブーム」がありました。
当時のアメリカ企業は、「日本的経営」というのは非常に神秘的で、「なぜこんなに生産性や効率が上がるのか分からない」と不思議がっていました。
これは私の解釈ですが、「日本的経営」を輸入して、アメリカナイズして出てきたのが「人的資源管理」(HRM)なんです。
ただ、「人的資源管理」(HRM)でも、日本企業はあまり得意ではない分野があります。それは、「経営戦略」の分野です。
人事と戦略との結びつきという、戦略的思考というものが、日本の人事部はあまり得意ではありませんでした。
ですが、人を大事にする経営という部分は、日本がオリジナルで、アメリカはむしろそこから学び取ったんです。
「人的資源管理」(HRM)というと、新しい言葉が出てきているかのように 思えますが、さきほど申したような意味では「新日本的経営」としてとらえてもいいと思います。