◇上林 憲雄氏(Norio Kambayashi)◇
英国ウォーリック大学経営大学院ドクタープログラム修了後、
2005年神戸大学大学院経営学研究科教授、経営学博士。
専攻は人的資源管理、経営組織。
■いきなりコンテンツに入らない!
前回は,「わからない」ときの対処法として,自分の頭で考えることの効用と,その際のちょっとしたコツ(要素分解し図解し,整理を試みること)について述べました。次から次へと情報を求めてさまよい歩くだけではなかなか解決策は見つけにくいことについて触れました。
今回は,「自分の頭で考える」にあたり,さらに有益なテクニックについてお話ししましょう。
それは,ずばり「いきなり中身について考えない」ことです。
少し哲学的に表現すれば,中身(コンテンツ)ではなく,その考える対象の存在それ自体をまず問うてみることです。抽象的で何を言っているのかよくわからないかも知れません。具体例を挙げて説明しましょう。
■存在を問うこととは
例えば,ごく簡単な事例として,年功制を敷いている会社が,「成果主義賃金」を導入しようとしていると仮定しましょう。人事システムの設計担当者は,どういった成果主義がいいのか,判断を迫られるはずです。他社の事例を見てみたり,ビジネス書を手にとって調べたりして,我が社に採り入れるべき,何かいいアイデアは無いか探そうとするでしょう。
しかし,実は,このようにいきなり成果主義のコンテンツを考えてみようとすると,よくわからなくなってしまうのです。その前に,成果主義とは何を指し,それを導入しようとすることは我が社にとっていったいどういうことであるか,なぜいま成果主義を導入する必要があるのか,といった成果主義という制度の存在そのものを問うてみることが,まず必要となるのです。中身ではなく,形や体系を考えることが肝要,と言い換えられるかも知れません。
■形を考えることで何がわかるか?
では,中身ではなく存在そのものを問うてみることで何がわかるのでしょうか。あるいは,どういったメリットがあるのでしょうか?・・・最大の利点は,より冷めた眼でその事象を相対化し,考えてみることにつながることにあるのです。
成果主義導入の事例で言いますと,まず成果主義という事象を客体化し,その必要性を議論することができます。「そもそも,我が社では何ゆえに成果主義を導入することが必要なのだろう?」と,必要性の是非について冷めて考え直すきっかけができるのです。
あるいは,「成果主義というシステムを誤解していた」とか,「ちまたで言われているような成果主義システムなら,うちではとっくに導入済みだ」というような,新たな発見があるかも知れません。会社の数だけ違ったタイプの成果主義が存在することに気づくかも知れません。
■形を考えることは立ち止まって考えること
皆さんの中からは,「そんなことは,言われなくてもいつもやっているよ」という声も聞こえてきそうです。
いま社内でまさに取り組もうとしているプロジェクトや皆さん自身の課題を,騙されたつもりで,ちょっと振り返ってみて下さい。それらはすべて,本当に必要なことばかりでしょうか?どなたも,存在そのものを問うてみることなく,その必要性を最初から大前提と信じ込んで無意識のうちに取り組もうとしていることが,いくつか見つかるのではないでしょうか。上司が言うことをそのまま疑うことなく,マシーンのようにこなそうとしていませんか?
「相対化して考えること」は,意外に難しいことです。以前,このメールマガジンでも触れましたが,実は「いきなり中身に入らず,形を考えること」の本質は,立ち止まって疑いをもつこととほぼ同義なのです。バリバリと前進するだけではなく,冷静になって,何もかも全てをまっさらな眼で見つめ直してみることから,本当のイノベーションは生まれてきます。
新しいアイデアを出そうと思えば,前へ前へと突き進もうとするだけでなく,少し立ち止まり,やろうとしていることの「存在そのもの」を問うてみる癖をつけましょう。逆説的ですが,立ち止まることこそが真の前進へ繋がるのです。
☆次週もお楽しみに!