【内気営業「中島」のマル秘営業テクニック】
内気営業「中島」のマル秘営業テクニック 【34】
■内気な営業が活躍できる時代になった
今回は、内気な営業担当者が活躍できる時代が到来した時代背景を過
去にさかのぼって考えてみたいと思います。
◇高度成長期からバブル期~「ガンガン努力の明るい営業」の時代
ひるがえって考えれば、高度成長期から80年代後半のバブル期は右肩
上がり経済の中で、希望溢れる時代でした。ジュリアナ東京に代表される
ように、「毎日がお祭り」の明るい時代でした。誰にもチャンスがあり、組
織力で戦う時代であったかもしれません。ですから、「チャンスはいっぱい!みんなガンバレ!」の時代であったと思います。
この時代の営業担当者はとにかく熱意と努力で日に夜を継いで、お客様
にアプローチし案件を獲得するという熱血営業の時代と言えましょう。
つまり、「明るい外向的な人材がひたすら顧客にアタックするのが営業」と
いう時代であったと言えます。これはこれで今でも正しい営業の姿だと思
いますし、現在も求められる営業スタイルであると思います。
◇失われた10年からリーマンショックまで~「成果主義営業」の時代
その後、90年代以降の失われた10年からリーマンショックまでの時代
は、経済の停滞から実感なき好景気と続く中、新自由主義経済が叫ば
れ、成功は個人の努力の結果であり、グローバルスタンダードは「成果
主義」であることが声高に叫ばれた時代でした。
この時代の営業担当者は、成果さえ上げれば報酬で報いますという分か
り易い尺度でのみ評価された時代でもありました。チームプレイではな
く、プロ営業として、個人の方法論、人脈などをつかって自立して戦えの
時代です。これはこれで今でも存在するやり方でもあります。
◇リーマンショック以降~「総動員営業」の時代
そして、2008年9月のリーマンショックがやって来ました。米国の住宅
バブルがはじけたという事で、当初日本への影響は限定的だと言われ
ていました。しかし、結果的には日本も極めて大きなダメージを受けま
した。また同時に、中国など新興国が台頭し、得意の輸出が振るわな
くなったため、日本企業全体の売上げが激減しました。
危機的な状況の中、日本企業では再び、全員が一致団結し、困難を乗
り切っていく事が指向される時代になりました。(教育サービスを提供す
る中でひしひしと感じています)。
売上げの回復は急務であり、各部門から人員を捻出し、営業人員を増
員した企業も多かったと思います。その結果、営業部門に、エンジニア
出身、事務職出身、研究者出身、管理部門出身など、本来、営業戦力
と見なされなかった方々が営業担当者として進出することになりました。
また、不況による就職難から、やむなく営業職を選んだ方も多かったと
思います。
私は企業にとって、多様な人材、特に「営業ちっくでない人材」が営業
部門に進出することはすごく良い事であると考えています。不幸にも
営業になった皆さんは現在、ご苦労されている方も多いと思いますが、
「明るい元気な」「成果主義の」営業担当者だけでは残念ながら売れ
なかったのです。ですから、皆さんの出番が来たと胸を張って良いと
思います。
「きみは営業に向いてない」
周りの人にさんざん言われていながら入社早々営業担当になってしまった中島が伝える、営業の頑張り方