◇上林 憲雄氏(Norio Kambayashi)◇
英国ウォーリック大学経営大学院ドクタープログラム修了後、
2005年神戸大学大学院経営学研究科教授、経営学博士。
専攻は人的資源管理、経営組織。
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今回は「人的資源管理パラダイムは日本的経営そのものである」という,一見無茶に見えるこの仮説が具体的に意味するところについて,述べます。
■「三種の神器」が日本的経営の神髄ではない!
日本的経営というと,いわゆる「三種の神器」(終身雇用,年功序列,企業別労働組合)が注目される嫌いがありますが,実はアメリカ企業は,こうした雇用管理の側面のみならず,現場オペレーションのレベルでの日本人従業員の有能性に着眼していたのでした。分業をすればするほど,個々人が作業に慣れ,本来であれば作業効率が高くなっていくはずのところが,分業体制の曖昧な日本企業の方が効率は高く,しかも従業員のモチベーションも高い,これは神秘だ,とアメリカ企業の経営者は感じたのです。
そこで,よくよく日本企業の現場組織を精査してみると,終身雇用や年功序列といった雇用の側面以外に,個々の従業員の動機づけをきっちり考えたマネジメントをし,教育訓練に十分に投資し,結果的に従業員は経済的契約分を超えてまで,まさに企業に骨を埋めるように働いてくれる,このような状況であることがわかってきたのです。
1980年代当時,「日本的経営のアメリカへの移植は可能かどうか」あるいは「日本的経営の普遍性と特殊性」等といったテーマが学界を席巻していたのには,こうした背景があります。
■移り気なアメリカ企業
移り気なアメリカ企業は,90年代に入りバブルが崩壊し日本企業の業績が下降気味になったとたん,日本的経営という用語は表だって使おうとしなくなり,したがってこの「日本的経営ブーム」も,一般的には一時的な流行に終わってしまった感が強いようです。
しかし,90年代に入って人事労務管理に代わる形で新たに出現してきたこの「人的資源管理パラダイム」には,日本企業がこれまで長らく培ってきた,人のマネジメントに関する叡智が織り込まれているのは明白です。
例えば,既に触れた経済的契約分を超えて働かせようとする仕組みは,明らかにアメリカ企業が日本企業から学び取ったものです。
つまり,80年代における日本的経営の成功を,とりわけ人のマネジメントの仕組みに注目してそのエッセンスを抽出し,「日本的経営」という用語を使わずに別の角度から表現しようとしたのが,この「人的資源管理」というパラダイムなのです。
☆次回につづく