メンター制度を採り入れる組織が増えています。しかし、「相談相手と相性が悪く話しづらい」、「やる意義がわからず形骸化してしまっている」などといった実情もきかれます。
そこで本記事では、年間12,587 名(※)のメンター研修を実施してきた弊社の知見をもとに、メンター制度を導入するうえでの基本からメリット・ステップ・注意点まで、事例を踏まえご紹介します。ぜひご一読いただき、組織の活性化のための一助としていただければ幸いです。
※2023年10月~2024年9月に実施した講師派遣型研修
メンター制度とは~注目される背景や導入の目的
(1)メンター制度とは
メンター制度とは、「豊富な知識と職業経験を有した社内の先輩(メンター)が、後輩(メンティ)に対して、業務上のみならずキャリア形成なども含めた幅広い支援活動を行う制度のこと」をさします。
メンターとは、「良き指導者」「優れた助言者」などを意味し、仕事やキャリアの手本となり、指導や助言をしてくれる人材を指します。メンターには、社会人としてのあり方や仕事に対する考え方など、幅広い視点から相手の成長を支援する役割が期待されています。
また、メンターとペアになり、交流して「成長の支援(メンタリング)」を受ける後輩をメンティと呼びます。
(2)メンター制度が注目される背景
メンター制度は、組織内の広いネットワークの中で、安心感を与える関係性の構築のための制度の1つとして、注目されるようになりました。また、労働人口の減少や多様化する働き方に対して、きめ細やかなサポートやアドバイスができる制度としても期待が高まっています。
メンター制度の導入の背景を大まかに整理すると、以下のいずれかに当てはまることが多いです。
①職場の人間関係の希薄化
昨今、就業形態の変化などにより、人間関係が希薄化の傾向にあります。仕事とプライベートの切り分けを明確にしようという価値観を持つ組織・ビジネスパーソンが増えたことや、人員削減や残業削減を重視する風潮により、社員同士のコミュニケーション量が減っていることを課題視する組織が増えています。
②ロールモデルの不在
キャリアに対する価値観の多様化に伴い、キャリアパス自体も多様化しています。自由度が増したのはよいことといえる反面、個人が「将来の自分像」を描きにくくなっており、ロールモデルとなるような存在の必要性が高まっています。
(3)メンター制度導入の目的
メンター制度の導入の目的として挙げられるのは、主には以下の2つです。
①若手社員の離職防止
中途も含む新入社員・若手層をメンティとして、「気軽に何でも相談できる相手」であるメンターを設定することで、社内での「安心できる居場所」をつくり出し、離職防止やメンタル悪化防止の効果をねらってメンター制度の導入を考える組織が多く存在します。
②女性活躍推進
女性の就業継続や、女性管理職候補の方に対して昇格への不安を払拭するといった目的で、メンター制度を導入する組織もあります。
(4)メンター制度導入の効果
メンター制度の導入には、以下のような効果が期待されます。
- 人間関係の再構築
- 組織風土の理解・共有の促進と新たな風土の醸成
- 社員が持つ経験、知識の伝承
- 社員のキャリア形成支援のため
- 個人が抱える職場での問題解決の支援
メンター制度とOJT制度の違い~斜めと縦の関係
(1)メンター制度とOJT制度の違い
メンター制度とよく比較されるものとして「OJT制度」があります。
OJT制度とは、「先輩社員が、後輩社員に対して行う、実務を通じた実践的な教育訓練制度のこと」です。メンター制度とOJT制度は、先輩社員が後輩社員に指導・助言をするという点では類似していますが、助言する側の所属している部署とサポートする範囲が違います。
OJT制度では同じ部署の先輩社員が担当します。対して、メンター制度では基本的に後輩社員とは業務上の上下関係・利害関係のない、別の部署の先輩社員が助言を行います。個人的なキャリア形成や問題解決など、私的な問題を含めて相談にのることがあるため、面談などのコミュニケーションスキルや関係構築がより重要な要素となります。
(2)メンターならではの特徴~斜めの関係
メンター・メンティには、同じ部署の先輩・後輩といった縦の関係性とは異なる、部署を越えた"斜めの関係"であるがゆえにできることがあります。
縦の関係性は、指示・命令・相談・報告など、業務の相談や義務的なコミュニケーションになりがちです。一方、部署を超えた斜めの関係からは、気軽な雑談やフラットな相談が生まれやすく、メンターは同じ社内の組織人としてのアドバイザーに徹することができます。
メンター制度のメリット~メンター・メンティの成長
ここからは、メンター制度の導入により、メンターやメンティにとって、どのようなメリットがあるかを解説します。
(1)メンター側のメリット
メンターにとっては、自分の職歴やスキル・経験を可視化し、棚卸ししたものをそのまま自分の人的リソースとして提供することにより、経験に自信を持つことや、モチベーションアップにつなげることができます。
①メンター自身のキャリア形成を考えるきっかけができる
メンターのお悩みとしてよくお伺いすることが、「自分は経験も成功体験もないし、メンターなんて申し訳ない」という意見です。そのような方には、これまでの経験の棚卸しを強くおすすめします。「何をしたらいいのかわからない」と感じる方は、メンターを担当することをきっかけに自身の語れることを棚卸しする機会になります。
これまでの職業経験を振り返って、成功したこと、失敗したことを考えます。成功体験からは、自分の強みが改めてわかります。失敗した経験は、自身の成長を感じられるとともに、メンティに対する励ましにつながるかもしれません。また、キャリアの棚卸しにより、どこが転機だったか、今自分がキャリア上のどのステージにいるかも確認することができ、結果として自身のモチベーションが向上することが多くあります。
②メンター自身のスキルアップをねらえる
メンターとして話の聞き方・伝え方を工夫することでコミュニケーション力が向上します。また、メンティと話すことによって、今では忘れてしまった新人のころの悩みや希望、乗り越えたことを思い出すことができ、メンターの業務上の部下・後輩に対するOJTのスキルアップにもつながるでしょう。
(2)メンティ側のメリット
メンティにとっては、直属の上司には話しにくい内容を含め、様々な悩みをメンターに相談できることにより、自分のキャリアを長期的な視野で見るきっかけとなったり、直面している問題を解決するためのヒントを得たりすることができます。
①期待と現実のギャップを埋め、成長のきっかけにできる
新人のころは、会社や仕事に対して抱いていた期待と現実のギャップを実感して自信がなくなり、誰にも話せず自分の中だけに抱え込んでしまうことがあるものです。
- 「期待していた業務を任せてもらえない」
- 「自部署に同期がおらず、自分だけ遅れをとっている気がする」
といった悩みに対し、悩んでいるのは自分だけではないこと、転んだ時の起き上がり方、少しずつ成長する喜びなどをメンターから聞くことができます。先輩の一言が回復への分岐点になることも少なくありません。
②メンターを介して、多様な働き方を模索できる
ワークライフバランスなど、働き方について様々な意見が聞きたいと思った際、メンターという社内ネットワークを使うことができるのがメリットといえます。
- 「自部署にはワーキングマザーがいないので、他部署の先輩の話を聞きたい」
- 「他のチームの場合のキャリアの積み方を知りたい」
といった多様な働き方のお悩みにも、メンター制度は効果を発揮します。
メンター制度導入のステップ
メンター制度を導入し、施行していくにあたり、人事部など、事務局が配慮すること、実施することは多岐にわたります。メンターとメンティのペアを決めたら終わり、というわけにはいきません。以下のようなステップを踏んで、導入前には社内にしっかりと目的や効果を浸透させ、導入後にはメンタリング(メンターが実際に面談などを通じてメンティを支援する活動)をサポートしていきます。
(1)制度の目的の明確化
何をゴールとして制度を導入するのかを明確にします。その際、効果測定方法についても設定できるといいでしょう。数値の指標でよくあげられるのが、「若手の離職率」「女性の就業年数」などです。
ただし、数値での効果は、短期間で表れるものではないことや、メンタリング以外の要素にも大きく影響されやすいことに、注意が必要です。
短期間では、メンター制度そのものに対する満足度(アンケート結果など)、中長期的には、離職率その他、目的に照らした数値指標の推移を確認することをおすすめします。
(2)推進体制の構築
メンター制度は、「制度」です。制度を導入する際には、人事部などの事務局のみならず、経営層や現場の部門長など、社内の必要な各所に協力してもらえるよう、合意を得ておく必要があります。制度の開始時には経営層から意義や目的についてメッセージをもらうほうが効果的に進む場合もよくありますし、現場の部門長の合意が得られていないと、メンターとメンティは、メンタリングのために時間を割くことが難しくなります。
また、制度開始後にも、メンターとメンティにまかせきりにせず、適切な介入をしていくことが、制度が形骸化しないための重要なポイントです。
(3)運用ルール・実施事項の決定
以下のような項目を、メンターが迷うことのないよう、先んじて決めておきます。
ルールの設定が必須の項目
①守秘義務
メンタリングにて知った情報、話した内容を、メンターはメンティの同意なく第三者に口外しない
②相談窓口
メンター・メンティのみで解決できない問題が発生したり、メンター・メンティ同士の相性が良くない場合などの相談窓口
③メンタリングの実施時刻
就業時間内に行うのか、就業時間外に行うのか。原則として就業時間内。時間外にすると、不必要にメンタリングに対する本人たちのモチベーションが低下する恐れもある
任意
①メンタリングの実施期間
いつからいつまで制度上の関係が続くのか。半年~1年程度が一般的
②メンタリングの実施頻度
2週間に1回、月1回、2カ月に1回、など。数回実施した後は本人たちに任せても良いが、初めの数回は決めておくことが望ましい
③メンタリング1回あたりの実施時間
30分~1時間程度が一般的。実施頻度同様、初めの数回は目安を決めておく
④メンタリングの内容
初めの数回は、「何を話せばいいの?」と戸惑うメンター・メンティも少なくないため、話すテーマの例を示しておくとよい
⑤メンタリングの手段と場所
メンター・メンティの職場が離れている場合、電話でのメンタリングを可にするのかどうか。最近ではWEB会議システムを使っての実施も増えている
⑥進捗確認方法
実施記録フォーマットなどの用意(守秘義務に反する内容を書かないよう注意)
⑦メンタリングにかかる費用負担
職場外のカフェなどでメンタリングを行う可能性がある場合に、費用負担はどの部署が行うのか、その上限金額など
⑧メンター・メンティの上司の関与
原則、メンタリングの方法や内容には関与しない。スケジュールのみ把握できるようにしておく
(4)メンターとメンティのマッチング
マッチングの方法は、事務局側がメンターとメンティのバックグラウンドや年齢などの要素から指定する「アサインメント方式」と、メンティ側が事務局の提示した候補から希望者をあげ、事務局側が最終決定をする「ドラフト方式」があります。
メンターに適しているのは、「きく力(傾聴力・質問力)」や受容力の高い人です。自分の話ばかりしてしまうようでは、メンティが委縮し自分の悩みを打ち明けられなくなってしまい、目的を果たすことができません。メンターとメンティの相性も重要です。
また、メンター・メンティを選定する前後では、関係する部門の部門長や、メンター・メンティの上司に対して目的や詳細ルールの説明会を開催します。
(5)事前研修の実施
メンター・メンティそれぞれに対して、制度の意義やルール、実施する上での心構えを伝える研修を行います。メンターとメンティ合同で研修を実施し、研修の場を顔合わせに利用するのもよいでしょう。研修内容は、組織におけるメンターとメンティそれぞれの基本的な「ガイドライン」を整備したうえで設計することをおすすめします。
(6)安定運用のための施策検討・実施
導入してから3カ月後に、メンターを集めて情報交換会をするなど、制度を有効に機能させるための工夫を考え実行していきます。
事務局は、メンター・メンティをフォローすることで、現場の問題点を吸い上げることができ、個人をフォローできることはもちろん、以降の制度運用の改善にもつなげることができます。
メンター制度を有効に機能させるためのポイント
ここからはメンター制度を有効に機能させるための注意点、プラスアルファのポイントを解説します。
(1)マッチングミス回避の事例
メンター制度が形骸化する要因の一つに「マッチングミス」があります。
メンティはもとよりメンターにもメリットを生まないメンタリングになってしまっては、これほど残念なことはありません。メンター制度の運用にあたっては、メンター・メンティの相性が合う合わないという点をきちんと調整することが求められます。マッチングにあたっては、適性検査を行うのもよいでしょう。
とはいえ、完璧なメンターを育成するのは難しいもので、100%マッチするようにメンター・メンティを紐づけるのは困難です。
そこで、マッチングミスを少なくする一つの事例をご紹介します。
事例のご紹介
A社はメンター制度の導入に際し、新人(メンティ)10人に対して3人のメンターを選出しました。メンティは、3人の中からその時々の悩み別にメンターを選ぶことができます。
- キャリアのことを相談したい ⇒ 管理職のAさん
- 話しづらい事柄だけど誰かに聞いてほしい ⇒ 聞き上手で有名なBさん
- 家庭と両立を考えたい ⇒ ワーキングマザーで社内制度に詳しいCさん
組織の中で人材の多様性が当たり前になってきたこの時代、自分が思い描くロールモデルと同じ状況の先輩を探すことは難しいものです。1対1にこだわらず、参考にしたい人や見習いたい人に、悩みや話を聞いてもらう場が得られれば、メンティにとって有意義な時間とすることができます。
(2)メンター側のケア
制度を継続的に、有効的に機能させるには、メンター側をしっかりとケアすることも重要なポイントです。
真面目に取り組むメンターであればあるほど、「メンタリングの内容はこれで合っているんだろうか?」「ちゃんと私で何か役に立てているのだろうか?」と思い悩むことも多いものです。
また、担当していたメンティが何らかの事情で退職してしまったりした場合、(ほとんどの場合、退職理由はメンターではないにもかかわらず)強いショックを受けたり、責任を感じるメンターもいます。
責任を重く受け止めすぎてメンター側がメンタルヘルスを悪化させることのないよう、定期的にメンターと事務局、あるいはメンター同士で情報交換する場をつくり、メンターが安心できる環境で運用していくことが必要です。
反対に、メンティ側があまり悩んでいる様子もなく、メンタリングを続ける必要が感じられないというメンターもいるかもしれません。その場合は、メンターとメンティ双方に実施方法や感想などを確認のうえ、事務局から見ても継続の必要性がなければ、途中で中断するのも選択肢のひとつです。1対1ではなく、グループメンタリングにするなど、実施方法を工夫する手もあるでしょう。
<最後に>
広い組織内ネットワークの中で、安心感を与える関係性としてのメンター制度が機能すれば組織力の向上につながります。若い世代にとっても、年上に相談することに抵抗がなくなるなど、メンター制度以外の社内人脈ができていくきっかけになります。
部門・部署を超えたメンター制度により、組織横断的な連携・ネットワーク構築が可能となり、組織風土の活性化につながります。誰もが誰かのメンター的存在になり、声を掛け合える関係を目指すことができます。本記事が貴組織のメンター制度の一助になれば幸いです。