社会の変化にともなって終身雇用制度が崩れ、多様な働き方や多様性の尊重が広まっていくなか、「キャリアデザイン」や「キャリアプラン」が注目されるようになってきています。
本コラムでは、「キャリアデザインとキャリアプランとは何か」「具体的にはどうすればいいか」「個人だけでなく組織にとってもお互いに有用なキャリアデザインとは」などをご紹介していきます。
キャリアデザインとは
キャリアデザインとは、今後に向けた自分自身の計画とその実現のことです。キャリアというと仕事のことだけを指すようなイメージがありますが、仕事をメインに据えていても、実際はそこにともなう私生活も切り離せない要素です。
(1)キャリアデザインとキャリアプラン
仕事と私生活それぞれの「ありたい自分の姿」を考え、それを実現するために戦略的、かつ主体的にキャリア(スキルや実績、それにともなう地位や立場など)を築いていく道筋を描いていくことを、「キャリアプラン」と呼びます。
仕事と私生活の両立、さらに「ありたい姿」を実現させるためにはお金の問題は無視できません。たとえば、今から5年後に持ち家が欲しいと計画を立てた場合、そのために必要なお金を稼ぐ、自身の能力やスキルを磨いていく必要があります。
ただ必要な資金を稼ぐだけでなく、自分がやりがいや充実感を持てる仕事を目指し、同時に組織にとっても有用で価値のある人材になることを目標にすることも、キャリアデザインに含まれます。
キャリアデザイン(とキャリアプラン)を通して自分の中に一本通った軸を持つことで、予測していたことだけではなく、大きな変化にも対応していくことができます。
(2)キャリアデザインに向け、まず自分自身を知る
キャリアデザインを描くためには、まず自分自身を知ることが必要です。
漠然と「ありたい姿」「なりたい自分」と言われてもすぐに思い浮かばない時は、これまでに培ってきた経験やキャリア、スキルなどを思い出して書き出してみることで、自分の強みと弱みだけではなく、価値観やモチベーションが上がるきっかけを探ることができます。
なぜキャリアデザインが必要なのか
キャリアデザインとは、今後に向けた自分自身の計画とその実現をしていくことです。そのために立てる計画を「キャリアプラン」と呼びます。では、なぜ自分自身と周囲の想いや考えを再認識し、計画を立てていかなくてはいけないのでしょうか。
(1)ワーク、ライフ、お金のバランスをとる
2020年8月31日付けで発表された、令和元年簡易生命表の概況に基づいた日本人の平均寿命は、男性81.41年、女性は87.45年となっています。男女ともに前年よりも上回っており、今後も伸びていく可能性があります。
60歳で定年を迎えたとしても、その後20年以上も人生は続いていく時代となったのです。
楽しく働き、経済的・社会的に安定した生活を送るためにも、生きている限り、ワークとライフ、そしてお金について考え続ける必要があります。
(2)キャリアを意識する時代の到来
終身雇用制度が主流だった頃には、身につけるべき知識や経験はあらかじめ組織が用意して与えるものでした。安定した会社人生が、そのまま自分の人生だった時代です。
そして時代は変わり、人生をよりよく舵取りし、望む方向に持っていく責任者は自分自身になりました。組織そのものの流動性も上がり、業績悪化や合併などによるリストラ、転職や定年後の再雇用や再就職が身近なものとなっています。
こういった先が見えにくい社会の中で生きていくためには、無自覚に積み上げたキャリアだけでは、市場のニーズに応えられなくなる可能性が出てきたのです。
(3)自分の人生は「自分」で充実させる
安定が保障されなくなった社会で安定と成長のある人生を送るためには、これまでは組織が用意して与えられてきたスキルや実績を、自分で計画して戦略的に手に入れる必要があります。そのためには、現状を把握し、未来を見越したプランニングが求められます。
年齢を重ねていくにつれ、様々なライフイベントがあり、育児や介護、自分自身の健康問題など、少なくない課題に向き合うことにもなります。この時に自分の中にキャリアに関する軸と「ありたい姿」、さらにそこに向かうための計画があり、仕事に対する熱意を持っていれば、そのつど軌道修正しつつ、キャリアを継続し、結果をつかむことができます。
(4)人生100年時代、揺るがない戦略が鍵となる
人生100年時代、老後も安定した生活を送るためには働き続ける必要があります。定年後の再就職は、今よりさらに一般的になるでしょう。その時、自分自身のセールスポイントとなるのは、企業名や肩書ではなく、「揺るがないスキル」です。そのことを念頭に置き、キャリアを深めていきましょう。
(5)上下左右で考えるキャリアデザイン
例えば、「自分はとにかく昇格する」と考え、昇格のみに目を向けていると、役職定年後、自分にはマネジメント以外のスキルが身についていないことに気づき、戸惑ってしまうことになりかねません。
つまり、キャリアを考えるうえでは、昇格などある一つの方向だけで考えることは、リスクを背負うことになるのです。様々な方向でキャリアを積むことを考え、リスクを分散する必要があります。
①上のキャリア=「昇格」~マネジメントの視点で高いところから仕事を見る楽しさ
ひとつの組織に入ったからには上の視点、つまりマネジメントの視点から仕事を見る楽しさを知らなければ、もったいないです。過ごす時間は同じでも、マネジメントをする立場となって過ごすのと、ならずに過ごすのでは成長の度合いが異なります。
上へ上へと目指すことにより、人脈が広がったり、情報が入りやすくなったり、また大きな仕事を任せられたりする機会が増えます。
②左右のキャリア=「ゼネラリスト」~仕事の幅・職種を広げる
一つの仕事を深めることも必要ですが、それだけではなく、様々な仕事に挑戦することも大切です。広めることで、自身の担当している仕事に対し、別の角度から考えることができるようになります。
③下のキャリア=「スペシャリスト」~仕事を深く極める
一つの仕事をミスなく遂行できるだけでは、深く極めたことにはなりません。「この仕事だけは社内・部内の誰にも負けない」という仕事をひとつ作ることが必要です。
(6)企業側がキャリアデザインを行う意味
かつての終身雇用制度が崩れ、人材の流動化が進んだ現在では、企業側も人材の確保がよりいっそう重要な要素になっています。企業側が従業員のキャリアデザインを支援することで、従業員は今後の「ありたい姿」を考え、それを目指して行動するようになるでしょう。それにより従業員一人ひとりのモチベーションが上がって、生産性の向上へつながることが期待できます。
また、キャリアデザインを通じて各個人のキャリアや今後の希望をきくことで、企業と従業員の間の信頼関係もよくなります。企業が従業員のキャリアプランを把握することは、今後の異動や人事評価にも活用できるだけではなく、従業員の離職率の低下も期待できます。
もしキャリアプランを立てた結果、離職となった場合でも、企業に対してよいイメージをもったまま次の道に進むことになるでしょう。従業員のキャリアデザインを支援することにより、わかりやすく組織に貢献する形ではなくとも、長期的なプラスの効果が見込めます。
具体的なキャリアデザイン設計
キャリアデザインは誰にとっても必要なものですが、「自分の(仕事)人生のプランを自律的に決定していく」と同時に、「偶然こそがキャリアをつくっていく」という考え方もあります。
いずれにしても、キャリアの計画と直面する課題をクリアしていくためには、「ありたい姿」と、その元手であり土台のひとつである「お金」の2つの軸が必要です。どちらも準備しておくことで、計画はもちろん、偶発的な出来事にも対応できるようになります。
(1)自分を知るための「モチベーショングラフ」
まずは自分自身を知ることが必要です。これまで積み上げてきた経験やキャリア、知識などだけではなく、自分のかつての望みとこれからの望み、それらを実現していくためには何が必要なのかを棚卸ししていきます。
①スキルの棚卸しをする~自分の「今」を客観的に知る
入社してからこれまでを振り返り、仕事の棚卸しをします。また、その時々のスキルや経験を洗い出していきます。
自分を知るためには周囲の人々の考えも知る必要があります。周囲の人々はあなたに何を期待しているのか、あなたはどういった役割として見られているのか、自分はどう見られたいのかを知ることで、今後の計画の方向を決める助けとなります。
②自分に求められる役割を理解する
組織から見た時の自分に求められている役割を「現在」「5年後」「10年後」の3つの視点から考えていきます。
③「モチベーショングラフ」を書いてみる
「モチベーショングラフ」とは、文字通り自分のモチベーションの上下をグラフにしたものです。ゴール地点は現在の自分ですが、スタート地点は、生まれた時からでも初めて社会人になったタイミングからでも自由に設定できます。
自分のこれまでを思い出しながらモチベーショングラフを書くことで、自分は何があった時にモチベーションが上がるのか、逆にどんな時にモチベーションが下がってしまうのかを知ることができます。
最初はなかなか思い出せなかったり、細かく書けなかったりする場合かもしれませんが、とりあえず完成させることを目標にして、その後同じように何度か書いてみるのもおすすめです。
自分と周囲の価値観、求められている役割などをすべて洗い出すことで、仕事だけではなく、ライフスタイルやライフイベントを含めた計画を立てていくための、キャリアデザインを考える上で必要な「ありたい姿」への入口に立つことができます。
④Must・Can・Willの3つの重なりを軸に考える
- Must(しなければならないこと)
- Can(できること)
- Will(やりたいこと)
仕事とは、社会人として「しなければならない」ものであり、能力を高めることで「できる」ようになるものであり、また、意欲を持って「やってみたい」と思うものでもあります。
Must:「自分は、今後何をしなければならないのか(何をすべきか)」
自分自身に求められていることは何かを考えます。すなわち、外部から要請されている能力・行動とは何なのかについて確認することです。
Can:「自分には、何ができるのか」
経験を通じて身につけたものについて確認します。これらは、「今にして思えば......」という回顧によって初めて知ることができるものもあります。
Will:「自分は何をしたいのか(どうなりたいのか)」
自分自身が望んでいることは何かを考えます。これは、内的な願望を確認することです。
この3つの要素が全て当てはまるような仕事に出会えた時、成果が最も高く表れると考えられます。言い方を変えると、どれかが欠けている場合、思うように成果につながらない可能性があるということになります。
この仕事における3つの性質(=Must・Can・Will)を元にして、今の自分にどのような行動が求められるのかを考えることが、これまでの自分を振り返り、これからのキャリアプランを立てることにつながります。
(2)お金のことを考えるキャリアデザイン
男女ともに平均寿命が80歳を超え、健康への関心が高まった結果、健康寿命も延伸していますが、その反面、国民一人あたりの医療費は毎年増大しています。
まずは人生に起こりうる様々なライフイベントに必要なお金のことを知ることで、これからの人生とキャリアに必要な要素を把握していくことが重要です。
①今後30年を考える
ワーク・ライフ・マネーの切り口で、これから起きる未来を現実的かつ具体的に予測し、今後いくらお金が必要になるか洗い出します。
②自分のありたい姿を考える
ワーク・ライフ・マネーの3点について、今後どうしたいか、また、今から何をしておくかを書き出します。
③受け取るお金を計算する
年金や保険など、現時点で将来受け取れる見込みのお金について把握していきます。
④これから稼ぐお金を考える
受け取れる見込みのお金を踏まえ、どれぐらい収入が必要か、ありたい自分の生活を保つためにはどれぐらい稼ぐ必要があるのかを考えます。
自分のスキル、やりたいこと、周囲に求められていること、やらなければいけないことを把握している人は自然と価値が高くなり、所属している組織にとっても有用でかけがえのない人材となります。
組織と個人がお互いにとって必要で好ましい存在となり、価値を高めあっていけるキャリアを築いていくのがひとつの理想です。
(3)キャリアデザインにライフイベントを織り込む
ライフイベントとは、人生のうちで起こる出来事のうち、影響の大きいものや、人生の転機になるものを言います。
- 就職活動と就職
- 転職
- 結婚
- 出産、育児、教育
- 住宅購入
- 介護
- 老後資金
- 葬儀
これらのライフイベントの共通項として、まとまったお金が必要になるという要素があります。すぐにすべての目処が立たなくとも、キャリアプランを作る際に織り込んで考えておくことで、いざという時に慌てなくて済みます。
20代~30代のキャリアデザイン
(1)20代の生活の変化、ライフイベント
20代から30代は、初めての就職や一人暮らしなど自分の立場が大きく変わり、周囲からの扱いもまた大きく変化する時期です。仕事面では、前半では新人や若手として知識を蓄えながら、一人前の働き手になるべく仕事の仕方を学んでいきます。さらに20代後半になると、後輩を指導するだけでなく、若手の頃よりも大きく長期的な視野で変化や成長を見ていく必要が出てきます。
生活面とそれに伴う金銭面では、就職や異動により転居や一人暮らしが始まるケースや、それに伴って大きな出費が発生すること、独り立ちして生計を立てていく必要が出てくることがあります。また、20代後半あたりから多くなってくる結婚や妊娠・出産、そこに続く育児といったライフイベントとライフスタイルの大きな変化、将来に向けた貯蓄の重要性が高まります。
(1)20代~30代のキャリアデザイン
今後も長く続く仕事との関わりを充実させるため、自分は何が得意なのか、何を望んでいるか、組織や周囲の人々に何を望まれているのかを棚卸しして自覚し、そこに必要なお金の話を20代のうちから戦略的に加えて、成果に結び付けていくキャリアデザインを描きましょう。
40代~50代のキャリアデザイン
(1)40代~50代の生活の変化、ライフイベント
仕事の面ではリーダーとしての経験を積み、より広い範囲で人や業務を動かしていくことが求められます。組織の経営により近付いていくことで、長期的なビジョンを持つことも30代の時以上に重要になっていきます。
40代を迎えると、健康面での問題が表に出てくるケースが増えてきます。大きな病気はなくとも若い頃に比べると身体的な衰えが目立つようになり、その変化を自覚し、今後やってくる定年や再雇用と、それに伴う役割の変化について考えていく時期に入ってきます。
①今後30年を考える
「健康寿命」とは・・・健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間
つまり、健康寿命以降は、介護を想定する必要性が増す
出所:厚生労働省 厚生科学審議会 (健康日本21(第二次)推進専門委員会)
「健康日本21(第二次)」中間報告書(概要)平成30年9月
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/shingi-kousei_208248.html
(最終アクセス:2020/7/6)
金銭面では、子どもの教育費や独立までの手助けにかかるコストが増大する他、自らの老後資金だけでなく、介護費用も発生してきます。多方面で新しい、かつコストの高いライフイベントが起きることが増えるため、現状を把握して将来を見据えていく必要があります。
(2)40代~50代のキャリアデザイン
自分をマーケティングして商品化し、組織の中で変化していく自分の立場や環境の中で、自分の強みを活かせる領域や、強みが発揮できる仕事内容を知ることが必要になってきます。周囲に対する自分の見せ方を再考し、自分自身のキャリアだけでなく、外部要因からもキャリアデザインを考えていきましょう。