銀子の一筆

芸術の秋

果てなく続くかと思われた暑さも、気が付けば草むらにトンボが走るほどになっていた。緩やかに季節は変わっていく。働く人々を見ると、長い夏をよく頑張りましたね、と労う気持ちが湧く。炎天や雷雨に歩くことを免れている身ながら、息災に過ごせた自分にも少し。

猛暑の間、仕事・生活など必要最小限の活動で精一杯だったが、少し気候が落ち着くと散歩に出かける気になる。私には砂の中から玉を見つける才能はないけれど、落書きも路上ライブも偏見なしに見聞きすると、ごく稀に足を止めて楽しめることがある。さて、書店ではそろそろカレンダーが売り出されるだろうか。面白そうな展示を予定している美術館はあるかな。涼しくなったら遠方に住む友人を訪ねようか。などと本格的な秋の訪れが待たれる。

■失せもの戻らず

2023年、国立科学博物館が収蔵物の保管に窮してクラウドファンディングを募り、目標額を上回る成果を上げたことは耳新しい。さすが国の宝の保全には、人心を動かす力がある。
かつて1933年以降、ナチスドイツによってヨーロッパ各地の絵画・美術品など約500万点が組織的に略奪された。意に沿わないモダンアートなどは売却または破壊された。1945年第二次世界大戦終戦以降、回収・返還が進められているが、いまだ多くが未回収のままだ。
文書・美術・音楽など人によって生み出されたものは、命が宿る生きた人間の部分として尊重されなければならない。焚書は人を焼くのと同じこと、作品を略奪・破壊することは人間を拉致・殺傷するのと同じことだと、私は思う。ひと度散逸してしまったものの回収は非常に難しい。徳川埋蔵金のように、次第に伝説化されて埋もれていく。そういう意味で、人類が生きていた証拠・進化の過程・成熟への軌跡・未来への提言などを保管する博物館や美術館、図書館などの役割は意義がある。私たちが当たり前のように鑑賞する一枚の絵画は、現在に至る変遷と多くの尽力による奇蹟的な結果と言えるかもしれない。時代や政局に関わらず、常に適切に保管し続けることで証明される、もっと多くの事実があったかもしれない。

■縁の下の力

事実であることを基調にした博物館とは別に、完全に作者の眼を通した独自の世界が広がる美術作品ではどうだろう。かつては額縁の中に広がる世界だったが、現実世界に踏み込んで広がる巨大な作品・空気の動きや時間の推移を計算した偶発性を盛り込んだもの・環境と融合するオブジェなど、美術の世界も多様化・複雑化・ボーダレス化が進んでいる。
こうした作品の保管はどうしているのだろう。データで保管・再現することはできるだろうが、出会ったその時だけに得られる新鮮な対峙には至らない。そうした再びない邂逅が創作の意図ということもあるかも知れないが。益々、作品の保管保全は多方面にわたる複合的な知見が必要になる。適性温度・湿度などの管理も難しい。修復・再生の技術も人手も必要だし、スペースの問題もある。莫大な費用をかけてもなお、芸術・文化の保全は果たさなければならない人類の命題であることは言うまでもないが。

天才ではない一般人・後世に残すべき作品もない市井の人・流れる歴史の中に埋もれていく庶民が、世の中の大部分を占める。比べて経済乱調の中でも優しく手厚く扱われる物言わぬ収蔵品群との経済的待遇格差に疑問を持つ人もいるようだ。が、自身の保護も保全も自分で賄う自立した社会人であること、人類の文化遺産の保全に税金という形で貢献し、価値を理解して多くを学び取れることに自負と感謝をもとう。
秋爽の候が誘うのは芸術だけではない。スポーツにも食欲にもそそられる。さて、どうする。


2024年9月13日 (金) 銀子

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