FORUM 2019
動画教育、スライド教育などのeラーニングに関して、人事のご担当者さまからはこんな声がよくきかれます。
「集合研修と比べてコストや手間は削減できるが、映像を流すだけでは学習効果が低い」
「積極的に学習する人と、そうでない人の差が大きい」
確かに、eラーニングは集合研修や勉強会と比べて「動画やスライドを見るだけ」といったイメージが強く、教育効果に不安を感じやすい教育方法です。
しかしeラーニングにせよ集合研修にせよ、ただ単に実施すれば成果が上がるわけではありません。現状を分析し、適切な対象に適切なテーマの教育を実施し、結果検証を行い、PDCAサイクルを回し続ける事で、ようやく効果が現れます。これを実現するには、教育のプロセスモデルや理論、成功事例を踏まえながら、集合研修などとeラーニングを組み合わせて全体を設計する必要があります。
そこで、eラーニングを効果的に活用して、企業内教育“全体”の費用対効果を高めるための、理論や具体例についてお伝えします。
eラーニングを、企業内教育に効果的に活用するにあたっては、「ADDIEモデル」というプロセスモデルと、それに付随する8つの理論・概念を知ることが有効です。
ADDIEモデルに則って、以下のポイントに気をつけながら計画を立てることで、費用対効果の高い教育を実現できます。
ここから、A〜Eまでのそれぞれのフェーズで実際にどのようにすべきか、ご紹介します。
まず、効果的な教育を行う上で大前提となるのは、「その教育が効果的であるかどうか」を測定できることです。すなわちADDIEモデルの「A」、Analyze(分析)ができる目標設定をする必要があります。これは、eラーニングに限らず全ての教育に共通して言えることです。
測定可能な目標設定のためには、「R.F.メイガーの学習目標の3つの要素」を満たすことが大切です。
目的 | 具体例 | |
---|---|---|
1 | 行動で目標を表す | 「○○を説明できる」など学習者の行動で目標を示す 例)説明する、回答する、実演する、解く、行う、選ぶ |
2 | 評価の条件を示す | 目標行動が評価される条件を明らかにす 例)マニュアルを見ながら、メモを使いながら |
3 | 合格基準を示す | 目標が達成されたかを判断する基準を示す 例)5分以内で、ミス5回以内で、すべてを |
具体的には、例えば以下のようなものが考えられます。
【具体例】
例1:ロジカルシンキングの知識習得
「MECE」「3C分析」など基本的なフレームワークの概要・使い方・注意点を指定したキーワードを3つ以上用いて記述できる
例2:電話応対スキルの向上
テンプレートメモを用いて、1週間漏れなく受電時に適切なメモを作成できる
例3:コンプライアンス遵守のマインド醸成
実際に起こりうるリスクに対して、提示された選択肢の中から、適切な行動を100%選択できる
また、教育の目的に応じて、適切な評価形式も異なります。参考として、ブルームの「教育目標分類」を知っておくと、目標の達成度を正しく測ることができます。
目的 | テーマ例 | 映像・評価形式 | |
---|---|---|---|
認知 | 知識を取得させたい | コンプライアンス、メンタルヘルス、個人情報保護など | スライド形式 知識テスト、デモンストレーション |
運動 | スキルを習得させたい | プレゼンテーション、ロジカルシンキング、Office系など | 実演映像 ロールプレイ、アクションプラン |
態度 | マインドを醸成したい | 理念浸透、CSマインドやホスピタリティ、コンプライアンスなど | 実演映像 アクションプラン、行動観察 |
目標設定ができたら、次に教材選定(教材制作)です。eラーニングでは、動画やスライドを受動的に見るだけになることが多く、どうしても学ぶ意欲は低下しがちです。そこで大切なのは、受講者が「学びたい」と思える教材を使うことです。
「学びたくなる」教材を選定・開発するにあたって、学習者の動機づけ(意欲)を高める方法をモデル化した「ジョン・M・ケラーのARCSモデル」をご紹介します。
受講者の動機 | 具体例 | |
---|---|---|
Attention 注意 |
面白そう 好奇心が刺激された |
オープニングに目をひく工夫をする/全体構造が分かる目次をつける/説明を長く続けすぎない |
Relevance 関連性 |
自分の興味・関心・経験と 関連性がある |
身近な例やイラストを用いる/前提知識とのつながりを示す/学習するメリットを示す |
Confidence 自信 |
自分でもできそうだ 自信がついた |
中間目標を設定する/スモールステップで進める/失敗に対して対策を明示する |
Satisfaction 満足感 |
視聴・実践してよかった また次も挑戦してみたい |
応用問題やケース問題を用意する/最後にまとめを用意する/誰かに教える仕組みを作る |
【具体例】
凝ったものである必要はありません。例えば「自社の社員がオープニングに出して注意を引く」「『明日からまずはこれをやりましょう!』というまとめをいれて自信をつける」など、ちょっとした工夫でも意欲を高めることができます。
エンターテイメント性の高い教材による教育は、研修であってもeラーニングであっても、高い効果を見込めます。EducationとEntertainmentを組み合わせたEdutainment(エデュテイメント)という言葉がありますが、ARCSモデルの4つの動機を満たすコンテンツで、飽きさせず積極的に学べる教育を目指しましょう。
eラーニングによる教育は、それ単体で捉えてしまうと出来ることは多くありません。しかし、企業内教育がeラーニングのみで完結することはまずなく、集合研修やOJT、人事評価によるフィードバックなど、様々なアプローチとeラーニングを組み合わせることで、高い育成成果に繋がります。
集合研修の効果を高めるeラーニングの活用方法として、「反転授業」が挙げられます。
「反転授業」とは、授業を行ってから各自で内容を復習するのではなく、事前に各自で学習してから授業を行うことです。企業内研修に置き換えると、研修テーマに関する事前知識のインプットはeラーニングで行い、研修の場では相互学習やプロジェクト学習などを中心に行う学習方法のことを指します。
反転授業には、大きく3つのメリットが考えられます。
集合研修でなくてもできる知識のインプットをeラーニングにすることで、各自が好きなタイミングで学習でき、研修時間のムダを省くことができます。
ある程度の知識を持った状態で集合研修をすることで、密度の濃い議論や演習ができ、学習効果が高まります。
知識レベルのばらつきを抑え、一定以上知識がある前提で研修がスタートできるため、講師が研修を進行しやすくなります。
【具体例】
建築機械メーカーの、実践的なマーケティングの反転授業
Analyze(分析)で測定可能な学習目標を立てて、
Design(デザイン)で学びたくなる教材を選び(作り)、
Develop(開発)でeラーニングと集合研修の組み合わせる計画までできたら、次はいよいよ実践(受講)です。
しかし、ただeラーニングや集合研修を実施展開すれば良いわけではありません。なぜなら、せっかく良いコンテンツを使った教育計画を立てても、実際の受講率が上がらなければ意味がないからです。これをクリアするためには、受講者の「動機づけ」が必要です。
受講者が意欲的に「受講したい」と思うための「動機」には、大きく2つ挙げられます。
学習の重要性:学習の内容そのものを重視しているかどうか
学習の功利性:学習による(直接的な)報酬をどの程度期待しているか
これを縦軸・横軸とし、どれを重視しているかで受講者の志向を6つに分類したものが、「学習動機の二要因モデル」です。
各志向タイプの受講者の動機づけには、それぞれ異なるアプローチが必要です。
以下の表を参考に、受講者への周知や教材配布を行いましょう。
タイプ | ポイント | アプローチ例 |
---|---|---|
実用 志向 |
いかに自身の業務に役立つかを理解させる |
|
自尊 志向 |
承認欲求を満たす。自分の意見や感想が取り上げられていることを示す |
|
関係 志向 |
周囲が学習していることを理解する。周囲の人への貢献実感を与える |
|
報酬 志向 |
学習し、スキルアップすることが自身の処遇向上につながることを理解させる |
|
(充実思考、訓練思考の受講者はeラーニングの受講をしやすい層ですので、ここでは割愛します)
また、動機づけに際して有効な考え方としてもう一つ、「自己決定連続体」学習動機に関するモデルをご紹介します。
これは、学習する意欲を「言われたからやる」といった外発的動機と、「自分でやりたい」と考える内発的動機に分けて示したものです。当然ですが、嫌々受講するよりも、意欲的に受講するほうが高い効果が得られます。
いきなり「興味があるから」「学びたいから」といった「内発的動機」を起こさせることは非常に難しいことです。まずは「人事・上司に言われたから学ぶ」といった外的調整による動機づけからはじめ、時間をかけてテーマを変えていき、「学ばないとまずい、不安」→「学ぶことは自分にとって重要」→「学びたい」と動機をつなげていくことで、内発的な動機づけが可能となります。
簡単ではありませんが、最終的に受講者がみな内発的に「受講したい」と思って受講するような研修やeラーニングを実施し、教育効果を高めましょう。
さて、eラーニングや集合研修などの企業内教育は、実施して終わりではありません。効果を測定し、次の教育計画に活かしていく必要があります。
とはいえ、教育効果はすぐに数字実績や行動に現れるものばかりではありません。そこで役に立つのが、教育効果を4段階に分けて評価する、「カークパトリックモデル」です。
■カークパトリックモデル
Level1~3で、具体的にはどのように効果測定すべきか、もう少し詳細にお伝えします。(Level4は具体的な成果が出ているかどうかの測定のため、解説は割愛します)
まずは、eラーニングコンテンツや研修そのものの理解度・満足度などを、学習直後にアンケートなどで測定します。
研修でもeラーニングでも、受講者にとって適切な教材であったかの調査は必須です。コンテンツの満足度(5段階)についての設問を用意し、内容、難易度、時間などの要素について明確化します。
特にeラーニングで映像をチャプターで分割したり、複数の映像を用いてコースを作る場合には、項目ごとに振り返りが必要です。各映像、各章など、項目ごとに学んだ内容を1~3つずつ箇条書きであげていくような設問を用意します。
最後に必ず、自分の業務に学んだことをどう活かすについて、時間・場所・行動を明確化させることが重要です。加えて、上司に共有することで、具体的に行動を行っているかを確認できます。
次に、教育前後にテストを行い、教育内容の習熟度を測定します。
【具体例】
■B社(医療関係)
テーマ:全従業員向けのコンプライアンス・情報セキュリティ
背景:
・全社員向けにコンプライアンス教育を行いたい
・業務が忙しく学習時間をとるのが難しい
・テストを行って、組織的に弱い分野が知りたい
設計:
事前学習とその成績に応じたコースを受講、事後テストで完全習得学習を行う
Level3以上は現場での実践となります。例えば、教育実施後に立てたアクションプランを実際に実行できているかどうか上司が観察し、フィードバックを重ねながら、行動が変化しているか測定します。
【具体例】
背景:クレームがより深刻な事態に発展するケースが複数発生しているため、「クレーム対応研修」を実施
設計:集合研修とeラーニングを組み合わせた反転学習を用いた研修を実施
(1)事前学習として「クレーム対応」のポイントを学ぶ映像を視聴する
(2)映像で学んだポイントをもとに事前テストに回答する
(3)半日の集合研修にて、ロールプレイング大会を実施する
①ロールプレイは一人2回行うことができる
②1回目はペアで行い、お互いにフィードバックを行う
③2回目は全体の前で行い、講師がポイントをもとにスキル評価を行う
(4)研修の最後にアクションプランシートを記入し、上長に提出する
冒頭にお伝えした通り、eラーニングも集合研修も、漫然と導入するだけでは研修成果は得られません。理論を踏まえながら、目標設定→学習設計→教材選定・開発→動機づけ→実施→効果測定とステップを踏むことで、着実にeラーニングを活用し、効果的な人材育成が可能となります。
企業内教育全体の費用対効果を高めるために、ぜひeラーニングを活用した教育設計を始めてみてはいかがでしょうか。