役に立つ逆転の発想法 ―理論アプローチと歴史アプローチ(3)―
役に立つ逆転の発想法【3】
役に立つ逆転の発想法 ―理論アプローチと歴史アプローチ(3)―
◇上林 憲雄氏(Norio Kambayashi)◇
英国ウォーリック大学経営大学院ドクタープログラム修了後、 2005年神戸大学大学院経営学研究科教授、経営学博士。専攻は人的資源管理、経営組織。
- 目次
■歴史を理論的に捉える
前回,歴史を理論的に捉えることによって新しいものの見方ができるようになると述べました。対極にあると受け取られがちな理論と歴史ですが,歴史を1ケースの理論と捉え,異なる時代の出来事の共通項を抜き出し,その因果関係を整理することを通じて,逆転の発想法が可能になると述べました。今回もその続編です。
■古いことは役立たない?
そもそも歴史とは,「過去に起こった現象や事実の流れ」なので,歴史を学習するということは過去について学ぶことです。
先日,日本経済新聞の大学改革関連の記事で,ユニクロの柳井正社長の発言として,「大学の勉強は,古くさいことばかり教えていて,いま起こっている新しいビジネスの現実が教えられていない。これで有為な若者が育つわけがない。
新しいビジネスの実態を教えるように改革しないといけない」と紹介されていました。(・・・表現はこのとおりではなかったと思いますが,こういった趣旨でした。)
大学教育は現実の"あと追い"確かに柳井社長の言おうとしている意図はわかります。大学での教育は,学術研究を基礎にした教育である以上,どうしても理論的側面の講義が中心となり,いまビビッドに生じつつある現象についての講義は少なくなりがちです。いわば,現実の"あと追い"となってしまっていて,もっと新しいことを教えて欲しいという若い学生の声があることも事実です。
■現実は日々移り変わる
しかし,そうした現実の事象ばかりの教育だとどうなるでしょうか。いうまでもなく,現象は日々移り変わっていきますから,新しいことばかりを追いかける癖がついてしまい,「物知り」にはなれますが,じっくり腰を据えて考えようとしなくなってしまいます。
きっちり考えることができる,思考力や分析力を身につけさせることが大学教育の主眼ですから,現実の事象だけを効率よく教えるという教育法にはやはり限界があると言わざるを得ません。
■変化の理由を考える
しかし,これまで当コーナーで述べてきた歴史の学習方法を取り入れることによって,柳井社長のいうような「ビビッドな現実」も理論的に教えることができると,私は考えています。
それは,現実に起こっているさまざまな現象はフォローしつつも,なぜそうした現象が生じてきたのかについて,歴史的に考えてみることです。「歴史」という言葉が大げさであれば「プロセス」と言い換えても構いません。
要は,変化の理由をきっちり考えてみること・・・このことを通じ,現実の生々しい実態に加え,思考力や分析力も身につけさせることが可能となるのです。
大学教育でも,注意深く先生方の講義を聞けば,ただ古くさい理論だけを教えているのではなく,そうした理論をもとに,現象がどのように説明できるかについて講義していることが多いことが窺えるはずです。
■"ストーリー"ばやり
この点を少し角度を変えて見てみることにしましょう。
昨今,ビジネス書コーナーで話題になっている書物のキーワードの1つに「ストーリー」という語があることに気づいておられる方々も多いと思います。
例えば,楠木 建『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)や中井 透『物語(ストーリー)で学ぶベンチャーファイナンス入門』(中央経済社),アネット・シモンズ著・池村千秋訳『プロフェッショナルは「ストーリー」で伝える』(海と月社),等々です。
■ストーリーの奥にある理屈を捉える
このストーリーで学ぶ,というのは,私なりに言い換えるなら「歴史を理論的に捉える」ことに他なりません。難解な理論や理屈,ロジックを,そのまま伝えるのでは説得力がないので,よりビビッドな現実や具体例を交えつつ,史的プロセスや経緯を追いながら説明しよう,ということだと私は理解しています。
こうした観点から,ストーリーや物語の背後にある理論やロジックに思いを馳せながらこれらの書物を読むと,必ずや新しい発見があるはずです。