「成長企業の人材育成」

安藤弘一講師「管理職に求められる能力について」
 

成長企業におけるメンタルヘルス

 -人間関係が濃くなり、逃げ場がない状態からの脱却-


 

■成長企業でのメンタル不全の発生要因

企業におけるメンタルヘルス(心の健康、精神衛生、精神保健)は、2006年4月の労働安全衛生法の改正に伴って、「労働者の心の健康の保持増進のための指針」(「メンタルヘルス指針」)が新たに策定されました。それにより、企業におけるメンタルヘルスの努力義務が強調されるとともに、従業員一人でも対応をしなければならなくなっています。この「指針」にそって、大手企業の多くは従業員に対する対応や環境の整備を進めています。

従業員規模がさほど多くはない成長企業でも、メンタルヘルスと企業のパフォーマンスの関係を認識し、重要性を感じているはずです。しかし、具体的な施策は後手に回り、不全に対する予防効果を出せている企業はまだ少ない状態であると思います。

メンタルヘルス施策が後手に回っている最大の理由は、資金的、人的対応の余裕がないということであると思います。確かに、資金と人材の問題は成長企業にとって各種施策の足枷となっていると思います。一方で、成長企業では、大手企業と比較して職場でメンタル不全が発生する要因が人間関係に起因しているケースが多い、という現実もあります。そして、一旦発生した場合には本人ならびに周囲に相当のダメージがあることも認識しておく必要があると思います。

一般的に、成長企業は創業期からの人間関係の濃密さが成長の原動力となるのですが、逆にこの「濃密さ」が個々の従業員に閉塞感を生み出す危険性もあります。従業員数が多く、定期的な異動や転勤などが日常的に展開されている大手企業では、仮に職場での人間関係が多少ギクシャクしても、3年もすれば当該者は異動します。つまり、上司とそりが合わない部下であれば、少し我慢をしていれば上司か自分のいずれかが異動します。

ところが、比較的従業員数も少ない成長企業では異動も少なく、職場で人間関係が崩れた場合には、双方が抜き差しならない関係に陥る危険性が高いということを理解する必要があります。つまり、職場に「逃げ場がない」状況が発生するということです。また、こうした組織環境でメンタル不全が発生した場合には、フォローにあたる他の従業員への負担が増加して「メンタル不全の伝染」という状況も危惧されます。

■メンタルヘルスと育成課題は成長企業の両輪

成長企業でのメンタルヘルスは、規模的な問題や濃密な人間関係などにより、難しい課題であるのは確かです。しかし、企業規模にかかわりなく従業員への安全配慮義務の観点からするならば、喫緊(きっきん)の課題であることに変わりはありません。そこで、成長企業では"小回りが利くこと""人の顔が見えること"を上手く利用する方法が必要になると思います。

大手企業では、どうしても制度や規則などで平等化を図らざるを得ません。そのため、職場単位での個別対応よりも「相談室」等のハード面での対応が中心になりがちです。そのため、企業の理念や社風とメンタルヘルスをマッチさせるのが難しく、期待したような効果が出ないこともあります。これは人材育成でも同じです。育成制度やキャリアプランなどのサポートを制度化しますが、現場での信頼関係が薄くなりがちで、個別対応として各人の成長レベルに沿った対応が難しいのと同じです。

成長企業でも、人材育成の担当者からは「褒めればつけあがるし、叱ると会社に来なくなる、言われたことしかやらない、自分で考えないで全部親切に教えてくれると思っている」などの愚痴が聞かれます。さらには、きつく叱られたり、現場で一回失敗したりしただけで、うつ病などのメンタル疾患になって会社を休む。育成しようとすると、メンタルヘルス行きの人が増えてしまうという、笑いごとではない事態も発生しています。こう考えると、人材育成には、心の育成も含まれていると言えます。つまり、人材育成とメンタルヘルスを同次元として捉える必要があるということです。単にメンタル不全が発生した場合に、当該者を切り離し対処するのがメンタルヘルスではありません。

そのため、現場のマネジメントとして、育成の観点からしっかりと部下観察をすることがメンタルヘルスのスタートであると思います。その際に以下の項目などを目安として「"いつもと違う"部下の様子」をいち早く察知できるか否かがカギとなります。


・遅刻、早退、欠勤が増える
・休みの連絡がない(無断欠勤がある)
・残業、休日出勤が不釣合いに増える
・仕事の能率が悪くなる。思考力、判断力が低下する
・業務の結果がなかなか出てこない
・報告や相談、職場での会話がなくなる(あるいはその逆)
・表情に活気がなく、動作にも元気がない(あるいはその逆)
・不自然な言動が目立つ
・ミスや事故が目立つ
・衣服が乱れたり、不潔であったりする


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◆本間  次郎◆

株式会社ノイエ・ファーネ  代表取締役

1954年生まれ。大学在学中より出版・編集業務に携わり、主に労働経済関係をフィールドとし取材・執筆、編集業務に携わる。1992年から中小企業経営 者向け経営専門誌の編集および、教育・研修ツール(冊子媒体、ビデオテープ)等の作成、人材の教育・育成に関する各種オープンセミナー・インハウスセミ ナー企画の立案・実施、人材開発事業・人事コンサルティング業務に従事。
2010年11月に『人と企業組織が互いに「広い視野」「柔軟な思考」「健全な判断」に基づいて行動し、最適な働きの場を創り出していく協働に貢献する』を使命とする株式会社ノイエ・ファーネを設立。

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