全般的に企業が採用した若年層(新卒・中途を問わず)の早期離職が語られるようになって久しいものがあります。かつて独立行政法人・労働政策研究・研修機構が行った『若年者の離職理由と職場定着に関する調査』によれば、若年層全体の離職理由のトップ5には「給与に不満」「仕事上のストレスが大きい」「会社の将来性・安定性に期待が持てない」「労働時間が長い」「仕事がきつい」があげられています。
しかし、大卒者に限ってみると「仕事の内容」「自分のキャリアや将来性」「賃金が低い」「会社の将来性や安定性」「職場や人間関係(セクハラ・パワハラを含む)」と指摘されています。つまり、単純に給与や待遇だけの理由による離職が多い訳ではないということだと思います。ところが、人材の定着化は「待遇に起因している」という錯覚がいまだに多いのも現実です。
採用の直接・間接のコストの面だけ見て若年層の離職は、非常にもったいないと思います。もちろんコストだけの問題ではありませんが、採用した人材の定着化に向けた企業の取り組みは非常に重要なテーマとなってきています。
若年層の離職率を考える場合に忘れてはならない視点があります。それは、採用段階で企業の側が「過大な期待」を持ってはならないということです。とりわけ、成長企業の場合には限られた採用予算の中で「少しでも優秀な人材を確保したい」という思いが先行します。これは至極当然のことであると思います。しかし、この"優秀な人材"という発想が極めて危険であるといわなければなりません。
大変に乱暴な表現ですが「優秀な人材を求めてはならない」と同時に「優秀な人材は採用できない」という覚悟が必要であるということです。世の中には確かに"優秀"と称される若年層の人材が存在しています。しかし、この種の人材は自らの就職先対象として、これから成長していく、あるいは"これから成長しそうな企業"を就職先として選択しない傾向にあります。基本的に彼らは大手の安定した企業に就職をしていきます。また、チャレンジ精神が旺盛で将来のビジョンをしっかりと確立している若年層は、自らのスキル形成のために就職したとしても起業の道に進む傾向もあります。
従って、仮に「優秀人材」を採用したとしても結果として裏切られるケースもあるということです。そこで、"優秀さ"を追い求めるのではなく、将来自社の社員として"優秀に育ってくれそうな人材"を採用するという"割り切り"が必要になってきます。このことが結果的に人材の定着率に繋がってくるものです。
最近の大卒者の大半に顕著にあらわれていることですが、"正規社員"に求められる本来的な役割を理解することなく、単に身分格差のごとく就労形態を捉えてしまう「正社員信仰」というべき傾向が浸透しているということです。「正社員信仰」が蔓延っているのは、「仕事とは何か」という意識づけをしっかりと行わず、若年層を就職に導く就職指導の側にも大きな問題があることは事実です。
採用した人材をどのように定着させていくのかというテーマとは、企業における就労意識の再構築およびそれを司る組織体制の整備が重要になってきます。新卒・中途採用に限らず、採用コストをかけて人材を獲得しても、社内の体制が整っていなければ就労意欲が高く、力のある者から先に辞めていきます。
そのためにまず実施しなければならないのは、自社に必要な人材に求める職務要件基準を明確化させ社内で周知していくことです。これは既存社員の役割認知にも役立ちます。そして、入社後に「何を求め」「何を実行してもらうのか」を組織内で共有することが必要です。併せて、採用を単に担当者に任せるのではなく、ラインマネジメントが積極的に採用段階から介入する組織風土の構築が必要です。さもなければ組織への「ぶら下がり」を決め込んでいる社員が最後まで残ってしまい、組織全体の活性化を疎外させてしまうものです。
採用と定着は一衣帯水の関係にあります。そして、定着化とはとどのつまり、変化の激しいビジネス環境のなかで組織がその存続を確保していくために不可欠な人材を育成していくため、組織自体をたえず新しくつくりかえていくための組織開発(Organization Development=OD)の活動であるということです。
◆本間 次郎◆
株式会社ノイエ・ファーネ 代表取締役
1954年生まれ。大学在学中より出版・編集業務に携わり、主に労働経済関係をフィールドとし取材・執筆、編集業務に携わる。1992年から中小企業経営 者向け経営専門誌の編集および、教育・研修ツール(冊子媒体、ビデオテープ)等の作成、人材の教育・育成に関する各種オープンセミナー・インハウスセミ ナー企画の立案・実施、人材開発事業・人事コンサルティング業務に従事。
2010年11月に『人と企業組織が互いに「広い視野」「柔軟な思考」「健全な判断」に基づいて行動し、最適な働きの場を創り出していく協働に貢献する』を使命とする株式会社ノイエ・ファーネを設立。