■"交渉"とは?
◆私は銀行に長く居ましたが、その前半はプログラマーとしてものづくりをやってきました。その頃は幸せで、機械と対話してればよくて、基本的に自分ひとりで何でもやれました。
それがプロジェクトを束ねる立場になると、他社との交渉などの仕事が増え、すごく「シンドク」なりました。コストを考えたらできないこともあるし、やれと言われたことをやらなければいけないこともあります。その後、企画を立てる仕事をするようになりましたが、企画を立てると、それを実現していなくてはなりません。
そのプロセスと言うのはまさに交渉の連続ですね。基本的に組織の中では新しいアイディアがあっても、それをやりたい人がいるかといえば、ほぼ全員が「NO」なんですね。今の仕事を変えなければいけないし、もしかしたら今の仕事を奪われるかもしれない。だから、企画を通していく行為は実に大変です。
新しい企画が採用され、新事業をやることになったとします。しかし、社長がやれと言っても、誰もやりません。仮に、「配属されました、辞令が出ました」となっても、「私はやり方がわからないからできません」などと拒否されます。
もちろん、それはやり方が分からないからではなく、仕事に対して「嫌だ、承諾しかねる」と暗に言っているんですね。
私は人生において「やり方がわからないからできません」みたいなことは、100万回くらい言われましたね。そうした普通では困難なことを、人を動かし、好転させるのが「交渉」なんです。
■"ディベート"と"交渉"の違い
◇非常に難しそうですね。交渉と聞くと、激しい議論やディベートのようなものを連想するんですが、そういったものとは違うんでしょうか。
◆まず交渉ってなにかを考えたときに、似て非なるものはディベートだと思います。ディベートと言うのは相手をやり負かす、言い負かすっていう口と頭の勝負だと思うんですね。しかし交渉は違います。生身の人間が全人格を使い戦う、これが交渉なんですね。交渉とディベートの違いは、結果がハッピーエンドでなければいけないということです。
◇結果がWin-Winにならなければいけないって事ですか?
◆そうですね。たとえWin-Winじゃなくても、少なくとも自分がハッピーにならなければいけない。あとは経済的利益が伴うのが普通です。
だから、ディベートが上手いからといって交渉が上手いかというと、全然そんなことはありません。
むしろ、ディベートの気分で交渉すると、相手に嫌われてしまうことがあります。
◇結局それが自分の利益にならないって事ですね。
◆そうです、ビジネスでは嫌われたら終わりですからね。そこがディベートとの大きな違いです。だから、交渉のプロというのは基本的に穏やかに笑ってるんですね。激しく議論するっていうのは、交渉においてはマイナスなんです。これは全世界共通だと思います。
悪いやつほどいい笑顔で笑うんですよ。例えば、アメリカの映画なんかで激しく議論してたりするけど、あれは素人の交渉なんですね。ビジネスにおける交渉はにこやかに行われるんですよ。
■交渉に必要な能力
◇ディベートのように我を出しすぎると、交渉ではマイナスというのは分かりました。では、どのような能力が求められるんでしょうか。
◆どのような能力が必要だと思いますか。あるいは、逆に交渉が下手な人ってどんなだと思いますか。
◇そうですね、話下手の人は人を説得するのが難しそうです・・・
◆うん、そう思ってることが多いんですよね。でも実は交渉は口下手でも構わないんですよ。ある意味しゃべらなくてもいいです。そこがディベートなんかとは大きく違うんですね。
おれは話すのが得意だとか、ディベート大会で一番になった人が実社会では交渉が下手だったりするんですよね。交渉は口先で決まるものでもないし、そうするものでもないんですよ。実を言うと、一番必要なのは「考える」ことなんですよ。ある課題について、ものすごく考える、そして交渉のシナリオを立てるということをやれば、ほとんどの交渉は割と上手くできるんですね。
◇要するに、どのように話を展開していくのかを事前に組み立てておくのが重要だということですね。
◆そうです。でも、ほとんどの人はそんなことしてないんですね。例えば、今からCDラジカセを買いに行くとしますよね。そのときに店員とどういう風に交渉しよう、どこに金額の落とし所をつけて買おうか、なんて考えますか?
あまり考えなませんよね。でもそうやっていけば、ある程度は実現できると思うんですね。
※「どうすれば、交渉がうまくなるか?」については、次回、お届けします