そろそろ各地から花便りが届き始める。短い花期を求めて人が動く。野山や水辺で働く鳥も輝くように鳴き揃う。花の盛りを見上げて、しばし憂きも暗きも差し置いて願おう。子供の未来・若者の希望・働き盛りの再生・高齢者の平穏・我が国も異国も平和が保たれますよう。
かつて秋の行事だった運動会を、春に行う学校が増えている。学校行事が集中する秋を避けて教職員の負担を均し、また長引く夏季の熱中症予防のためといわれている。運動会といえば綱引きを思いつくが、紀元前2500年前頃にはエジプトで競技として行われていたらしい。今は綱引き連盟が各国にあり、競技場・使用ロープ・総重量別クラス・判定・安全・服装などに細かいルールを定めている。スポーツ競技となれば、技術的なバランスや反則行為の留意・体作りなど、様々スキルも必要になっている。ちなみに綱引きで言い交す「オーエス!(oh hisse:帆をあげろ)」はフランス語で、船乗りが綱を使って荷を積む際の掛け声「ヨイショ!」「せーの!」などの意味。引き合う綱がセンターラインを行きつ戻りつしながら勝敗を決する様から転じて、主に利害関係にある複数の組織が自陣の有利を競うことを「綱引き」と呼ぶこともある。
■得難いWin-Win
よく議論・説得の戦略として「押してダメなら引いてみろ」などといわれるが、ビジネスの交渉ではどれだけ自陣に引き込めるかの綱引きに似てくる。良い交渉とは、双方がギリギリの譲歩または確保のラインを守りながら、感情にしこりを残さず対等のWin-Winの合意に至ることとされる。が、本当にそんなことが可能だろうか。一見円満合意に見えても、センターラインの微妙な差で苦い勝敗が決まることがあるかも知れない。または単純に気に入らない相手だという一事が勝負に響くこともあるかも知れない。
現場からは、双方が納得できる落としどころが見つけにくい・最悪の場合関係がギクシャクしてしまう・一度妥協すると先例となって譲歩の基準にされてしまう・様々な要求を調整しても意見が分かれることが多い・多様な意見をコントロールしつつ当方の主張も的確に押したい・怒りや不快感をストレートに出す感情的な相手と話し合うことのストレスが大きい、など率直な声も聞こえてくる。
ビジネス上の重要な局面というだけでもプレッシャーが大きいのに、利害が相反する相手との不具合な交渉は非常なご苦労だと思われる。
■交渉の武器
もちろん交渉の場面に参加するビジネスパーソンは、既にコミュニケーションやコントロール力を鍛え、情報収集や根回し・資料作成・リハーサルなどの事前準備を整えているだろう。が、それでもなお現場でなければ分からないタイミングや先方との相性のズレが発生することがある。階層の差ではなくビジネスパーソンとしての力量や認識が同等であれば相互理解も可能だが、必ずしもそうはいかない。気合で自説を死守する相手だと膠着状態になることも多い。そんな時の対処も学んでいるはずだが、精神的な負担は大きい。
「綱引き方式」で上手く運ばない時には、いっそ押してダメなら引いてみる「ドア方式」もいいかも知れない。「それでも当方はかまいませんよ。私どもを逃した損失を後悔するのはそちら様ですから、よくお考え下さい」の思いを、あくまでも胸の奥に秘めながら。
個人的には、そつなく言葉巧みにメリットを並べて、勢いよく押してくる人はどこか信用し切れない。むしろ微細なデメリットも明らかにしつつ、親身に穏やかに選択肢を提示する人の方が信用できる気がする。ごく最近、保険の見直しをした際の実感だ。企業間取引と個人レベルでは規模も金額も損失も桁違いではあるが、人間対人間の心情のやり取りに大きな変わりはないと思う。気苦労の絶えない仕事に向かう交渉人に陰ながらエールを送りたい。
2025年3月19日 (水) 銀子