OJTとは「On The Job Training」の略で、実際に部下や後輩に現場で仕事をしてもらいながら、その時の理解度や気持ちを随時把握しつつ、その場で指導を行う人材育成手法のことです。
人的資本経営の推進を背景に、人材育成の重要性がさらに増す中、現場でのOJTのあり方にも注目が集まっています。単に業務を教えることにとどまらず、ビジネスパーソンとしての考え方やスキルも併せて伝えられるOJTは、育成の中核的な手段として、重要な役割を果たすものです。
そこで今回は、年間21,874名(※)のOJT研修を実施してきた弊社の知見を踏まえ、OJT教育の基本、効果を高めるノウハウ、OJT教育におけるスキル習得のための研修についてまとめてご紹介します。
また、Z世代の特徴を踏まえた指導のポイントや、指導とハラスメントの違い、成長実感を持たせるコミュニケーションについても触れています。ぜひご一読いただき、OJT教育の成功に向けた一助としていただければ幸いです。
※2022年10月~2023年9月に実施した講師派遣型研修及び公開講座型研修数
OJTとは
~OFF-JT、コーチングやメンタリングとの違い
(1)OJTとは「仕事を介した訓練」
OJTとは「On The Job Training」の略語で、直訳すると「仕事を介した訓練」という意味になります。OJT教育は、上司や先輩などのOJT担当者が、部下や後輩に、実際の現場での仕事を通して、その時の理解度や気持ちを把握しつつ、必要なスキルや知識を指導していく人材育成手法のことをいいます。
具体的な業務の進め方やコツなど仕事の勘所について、教える側のOJT担当者(OJTトレーナー・チューター・ブラザー/シスターなどと呼ぶ組織もある)が「やってみせて」から、教えられる側(トレーニー・チューティーなど)に「やらせてみて」、その結果を具体的にアドバイス(フィードバック)するという、実践がメインの指導方法となります。
本来、OJTは年代や階層に関係なく、現場で行われる業務指導のことを指しています。しかし、特に新入社員に対して重点的にOJTを実施することが多いため、新入社員に対する業務指導がOJTだと考えている方も少なくないでしょう。
(2)OJT指導をめぐる新たな問題
近年、ダイバーシティ推進やハラスメント防止など様々な取り組みの結果、新入社員や若手にとって「働きやすい職場」が増えています。その一方、新たな問題も出てきています。
①「ゆるい職場」で成長実感を得られず、離職を選ぶ若手の増加
「今の職場は業務の負荷が少なく、成長を実感できない」という若手の離職が増えています。成長意欲が高いと言われるZ世代は、「この仕事を続けて、将来社会で通用する人材になれるのか」「別の企業に就職した同世代に比べて劣っているのではないか」といった焦りを感じてしまいがちです。
OJT担当者には、そのような新人・若手に対して、現在の担当業務が組織目標とどう連動しているのか、業務経験を積むとどのようなスキルが身につくのか、といった道筋を示すことが求められます。自分の仕事に対する納得感を持たせることが、新人・若手の焦燥感を解消するカギとなります。さらに、新人・若手に社内勉強会やプロジェクトなどへの参加を促すのも効果的です。チーム外のメンバーとの交流を通じて視野が広がり、成長実感を持てるようになります。
②ハラスメントと言われるのを恐れて必要な指導ができない
2022年4月以降、職場のパワーハラスメント防止措置が中小を含むすべての企業で義務化されるなど、ハラスメント防止に対する意識は年々高まっています。その結果、職場で起きているハラスメントに対して部下・後輩が声を上げやすくなった一方、上司・先輩がハラスメントだと言われるのを恐れ、自信を持って指導できなくなったという声も聞かれます。
必要な指導を行うためには、以下4つのポイントから、指導とパワハラの違いを正しく理解し、客観的に判断することが必要です。
(3)OFF-JTとの違い
OFF-JTとは、「Off The Job Traning」の略で、職場から離れた場所で受ける教育のことを言います。職場の上司や先輩から実務指導を受けるOJTとは異なり、ビジネスで求められるスキルや知識を、研修や書籍、インターネットなどを通じて体系的に学ぶのがOFF-JTの特徴です。
「机上で教えられた」「研修をしてもらった」という経験がないと、「きちんと教えられていない」と感じる若年層は少なくありません。定期的にマニュアルやOFF-JTで体系的な知識の整理をさせる一方、OJTにより各人に合わせた指導を行うことで効果的な育成ができます。
代表的なOFF-JTの例として、新入社員研修があげられます。入社直後の新人を、配属前に人事や育成担当部門が一旦預かり、基本的なビジネスマナーや業界知識などを一斉に指導します。新人たちに組織の一員としての意識が醸成されるとともに、配属先のOJT担当者の負担軽減にもつながります。
また、OJTを経て少し業務に慣れた頃に再び新人を集めて行うフォロー研修もOFF-JTの一つです。自身の課題が見え始めた頃に、改めて新人研修で身につけたことの復習や、より実践的な内容をケーススタディなどを通じて学ぶことで、スキル強化や知識向上効果が見込めます。
(4)OJTとコーチング、メンタリングの違い
OJTとよく比較されるのが、「コーチング」や「メンタリング」などの手法です。
「コーチング」の主な目的は、対話や質問を通して相手の答えを見つけていくことで、相手の目標達成の支援をすることです。上司・部下間など、実務上で関係がある場合もペアは成立します。
一方「メンタリング」は、特定の目標達成を意図して支援を行うわけではありません。仕事上だけではなく、私的な問題を含めて相談に乗ることで、成長支援を行うのがメンタリングの主な目的です。そのため、OJTやコーチングと違い、実際の業務とは関係のない先輩と後輩同士をペアにさせるという組織が多くなっています。
OJT、コーチング、メンタリングの3つの違いを考える時、「教える側」と「教えられる側」の心理的な位置関係は次のようなイメージとなります。
OJTは、教える側(上司や先輩)と教えられる側(部下や後輩)の立ち位置は「上下の関係」であるのが一般的です。コーチングは、教える側(コーチ)と教えられる側(クライアント)の位置関係は基本的に「対等」であることが前提だと言われています。
メンタリングの場合は、教える側(メンター)と教えられる側(メンティー)が同じ方向に進みながら、メンターが少し先で導く「斜め」の位置関係として考えます。
Z世代の特徴として、上司や部下といった立場に関係なく、お互いの個性を尊重し助け合えるオープンなコミュニケーションを求めています。そこで、OJT指導を行ううえでも、上下の関係ではなく、メンター的な立ち位置を意識すると、Z世代の部下・後輩が気楽に相談できるようになります。
OJTのメリットとは
(1)早期の即戦力化につながる
計画的なOJTによって、部下・後輩は必要な業務知識やスキルを効率よく獲得することができます。さらに、実務経験に長けた上司・先輩が直接指導することで、例えばリスト作成業務一つとっても、マニュアルに書いてあることだけでなく、なぜこのリストが必要なのか、この数値にはどんな意味があるのかなど、その業務の「背景」にあるものまで伝えることができます。上司・先輩が確立してきた仕事に対する考え方を学ぶことで、部下・後輩が一人で担当するようになっても、判断に迷ったり、大きく間違った行動をとったりすることが少なくなります。こうした、仕事を行ううえでの「考え方の軸」を確立させることが、新人・若手の早期の即戦力化につながります。
また、OJTはほぼマンツーマンで行われるため、教えられる側の理解や習熟度に合わせて教えるスピードを調整したり、即座にフィードバックを返すこともできます。こうしたパーソナルな指導によって、新人の成長スピードを加速させることができます。
(2)エンゲージメント向上・離職防止対策
新しくメンバーになった部下・後輩は、「初めての仕事」や「人間関係」にうまく適応できるだろうかと不安を抱いています。OJT担当者は、そのような心理状態を理解したうえで指導に取り組むことが不可欠です。業務以外にも、職場のルールや"常識"を教えたり、同じ職場のメンバーやよく関わる他部署を紹介したりするなど、職場に馴染むきっかけをつくることで、エンゲージメント向上や離職防止につながります。
(3)次世代リーダーの育成ができる
新入社員へのOJTは入社3~5年目の若手が担当することが多い傾向にあります。歳が近いためお互いに話しやすい、新人の悩みに共感しやすい、若いので情熱をもってやってくれやすい、といった理由も大きいですが、次世代リーダーに向けた教育の一環という面もあります。自分の培ってきた知識・経験を活用し、相手の視点に立って指導するという体験を、OJTを通じて年次の若いうちに経験させることができます。
(4)コストがかからない
OFF-JTと違い、OJTを実施するうえでわざわざ研修会場や外部講師を用意する必要はありません。そのうえ、研修期間中に実務をこなしてもらえるのですから、コストがかかるどころか"おつりが来る"と言ってもいいかもしれません。
OJT教育の4つのステップ
「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば人は動かじ」
これはかの有名な山本五十六の名言ですが、現代のOJT教育にも通じる指導法であり、心構えそのものであります。では、具体的に見ていきましょう。
(1)ステップ1 育成計画の立案
まずは必要な指導項目と習得期間を定めた育成目標を設定します。OJT担当者が中心となって行いますが、他の同僚や上司・先輩などにも、得意な業務や技能の指導については協力してもらうなど、部署・チームを巻き込んで育成計画をコーディネートするとよいでしょう。
(2)ステップ2 ティーチング(わかりやすい指示・指導)
部下・後輩が業務を覚えるために必要な内容を、相手の知識や習得段階に合わせて、相手が理解しやすい言葉や表現で指示・指導します。そのためには、OJT担当者が業務の意義や前後の工程などをしっかり理解し、相手にわかりやすく話せるようにしておく必要があります。
ひと通り説明した後、部下・後輩に「わかった?」と聞くと、反射的に「はい」という返事が返ってくることも多いものです。念のため、「何をしなきゃならないか、最初から言ってみて」というように、自分でやるべきことを具体的に口に出して確認させることで、理解度をはかってみると安心です。
(3)ステップ3 適切なタイミングでの報連相
指示した後は任せっぱなしではなく、途中で進捗確認のための「報連相(ホウ・レン・ソウ)」を受け、アウトプットの方向性がずれていないか確かめる必要があります。もし方向がずれていた場合はアドバイスをして軌道修正をします。
報連相のタイミングとしては、2パターンあります。すぐにできる仕事を指示する場合は完了した時点で、時間のかかる仕事の場合には期限の中間あたり、つまり作業内容の大まかなアウトラインができた頃がベストです。
特に作業内容が難しい場合は、進める方向が間違っていないかを着手後できるだけ早く確認することで、早い段階での修正や支援が可能になります。
(4)ステップ4 成長を促すほめ方・叱り方
部下・後輩の成長を促すうえでは、上司・先輩から適切なタイミングで的確なほめ言葉を投げかけ、良い関係性を築くことが何より有効です。
①ほめ方
OJTの初期段階では、「真面目だね」「感じがいいね」等の第一印象としてのほめ言葉を意識的にかけます。時間を経て、ある程度相手の特技や長所が分かってきたら、「文章が上手いね」「論理的だね」等の具体的なほめ言葉にシフトしていきます。
②叱り方
失敗や挫折経験が少ない新人・若手に対して、叱った後のフォローが適切でないと「人生で初めて叱られた」という挫折感から、転職を選ぶ可能性もあります。「改善のキッカケ」であると前向きに考えられるようにフォローすることが大切です。
具体的には、以下の「叱り方の手順」を理解しておきましょう。
手順1 叱るべき内容を判断する(叱る前に、きちんと教えていたか振り返る)
手順2 叱るタイミングを慎重に決める(緊急時以外は、相手の仕事が一段落した時に)
手順3 考え・気持ち(自分の失敗談や相手への期待など)を伝え、フォローする
手順3では、指導した点を改善しないと同じ失敗をすることや、相手や自分に危険が発生するなど、改善を求める理由をできる限り明確にします。そうすれば相手も受け入れやすいうえに、「自分のためを思って言ってくれている」と感じるものです。
OJT教育の効果を高める手法①
~フィードバックの重要性
OJT指導にあたっては、指導対象者の仕事全般(態度、取り組む姿勢、進め方、成果など)に対して日々「フィードバック」することが、知識・スキルを習得させるうえで最も効果的です。ここでは、OJT指導に欠かせないフィードバックについて詳しくみていきたいと思います。
(1)フィードバックはタイミングを逃さず、こまめに行う
初めて一人でやった仕事は、「これでよかったのだろうか」「もっと高いレベルを期待されていたのでは」と不安に思うものです。そうしたタイミングを逃さずに、良かった点や改善点を明確に伝えることで、成長につなげることができます。
(2)成功体験をもとにしたフィードバックは要注意
指導者に仕事上の成功体験があると、「自分ができたのだから、相手もできるはずだ」と思い込みがちです。しかし、過去の成功体験が、相手を取り巻く現在の環境でも通用するとは限りません。フィードバックの際に自身の成功体験を語るのは、十分な注意が必要です。
(3)フィードバックに必要な4つの要素
効果的なフィードバックに求められる要素として、以下の4つが挙げられます。
①【Can】できたこと
相手の業務を振り返り、「よくできた点は何か」、「なぜよくできたのか」を振り返っていきます。
②【Keep】維持すること
相手のパフォーマンスをさらに上げるために、これまでの仕事の進め方や成果について、「今後も続けた方がよい点は何か」を考えます。
③【Change】変えること
フィードバックというと、できていない点をダメ出しするだけに止まるケースも見受けられます。しかし、それでは適切な指導とは言えません。できなかった点を踏まえた上で、「今後改善した方がよい点」について、今後どのように変えていくかを考える必要があります。
④【Try】挑戦すること
①~③を踏まえ、相手が今後新たにチャレンジすべきことは何か、今後より成長するためにどのような業務に挑戦していくかを話し合います。
OJT教育の効果を高める手法②
~上司・部下間の1対1面談の活用
前の章でも触れましたが、他の同僚や上司・先輩などにも、得意な業務や技能の指導については協力してもらうなど、部署・チームを巻き込んで育成計画をコーディネートすることが、OJT担当者の役割です。特に、チーム全体で部下・後輩を育成するという観点において、チームのトップである管理職の積極的な関与が欠かせません。
(1)イマドキ世代とのコミュニケーションに向いている「1対1面談」
管理職が部下・後輩を育成するにあたり、「1対1面談」を実施している組織もあります。1対1面談は、「言われたこと以外はやらない」「根拠や仕事をする意味に納得しないと動かない」という傾向の新人・若手層と上司がじっくりと向き合い、お互いの考えをすり合わせるための場として有効です。また、「自分に関心を持ってほしいけど、飲みニケーションはイヤ。就業時間内でお願いしたい」といったイマドキ世代の気質に合わせたコミュニケーションにも向いています。
(2)1対1面談の部下育成における意義
①部下のスキル・経験・強み・課題を整理して、キャリアサポートが行える
日頃忙しくて指導の時間が取れない上司でも、月に1~2回、1回につき30分~1時間程度の面談を定期的に実施し、部下とじっくり対話する時間をつくることで、日頃の不安の解消やキャリア支援にあたることができます。
②部下のモチベーションを向上させる
1対1面談を通して、上司はOJT担当者とは異なる視座から、気づきや学びを与えることができます。部下は自分の業務から気づきや学びを発見することで、次のアクションを自発的に考え、仕事に対する意欲を高めることができます。
③部下のストレスケア
働きやすいチームを作るためには、メンバー1人ひとりのコンディション(体調や人間関係の悩みなど)を確認し、ケアする必要があります。それには1対1面談が有効です。少ない時間でも定期的に実施することで、「日頃から上司に見てもらえている」と部下自身が認識でき、気軽に話せる心理的安全性の高い関係を構築することができます。
➃チーム目標の共有
チームをまとめるには、1対1面談を通してチームの目標や方向性のすり合わせを行うことが不可欠です。定期的に場を設けるため、タイムリーに情報共有、軌道修正を図ることができます。
OJT研修について~職場の育成スキルを高め、OJTのデメリットを解消する
OJTには、計画通りに部下・後輩を育成できるか否かがOJT担当者のスキルに大きく左右されてしまうというデメリットもあります。担当者が実務遂行者として十分な知識やスキルを持っていても、指導スキルが不足しているとトレーニング効果が低減してしまいます。
そこで、初めてOJT担当者になった人向けに、「OJT研修」を実施する組織も少なくありません。研修で指導スキルを付与することで、担当者によって異なる方法で指導されてしまうというリスクを回避し、OJT教育の質を均一にすることができます。
計画的なOJT研修は、以下の3ステップで実施します。
(1)「初めて」のOJT研修
初めてOJT担当者になった人向けの導入研修では、ほめる、叱る、報連相などの基本的な指導スキルはもちろん、「①職場全体で進める」、「②計画されたOJT」、「③実務の習得と仕事を行ううえでの判断軸(考え方の軸)を確立する」といった内容も盛り込まれているとよいでしょう。
(2)「フォローアップ」のOJT研修
OJTのフォロー(ステップアップ)研修を、導入研修から3~6ヶ月後に行うことも多いようです。OJTを実施してみての指導の振り返りをしたうえで、相手のモチベーションを高めたり、パフォーマンスの向上に欠かせない関係構築やフィードバックを行うスキルを、プラスαとして学ぶことが目標です。
(3)「期末の振り返り」のOJT研修
次年度のOJT担当者への引継ぎ資料として、1年間のOJTにおける指導の成功例、失敗例、工夫した点などを共有しておくと、大変役に立ちます。また、この振り返りとまとめる作業を継続的に続けると、自社にあった実践的なOJTマニュアルを作ることができます。
近年では、「ダイバーシティの推進により様々な人が同じ職場で働くようになり、新人以外を指導する場面が増えた」「大幅な職種転換があり年上の方を指導することになった」など、指導の場面が多様化しています。世の中の移り変わりにあわせ、以前に新人を指導した経験がある人も、改めて指導の基本を学ぶ必要があります。
<最後に>
生産性向上が求められる昨今では、多くの組織において、教育の時間を十分に取れないのが実情かもしれません。しかし、「教えてもらうのが当たり前」の環境で育った若い世代には特に、「上司の背中を見て学べ」と言うよりも、一人ひとりに合わせたOJT教育を行うほうが、結果的に早期戦力化につながります。
OJTは、「指導」を通じてOJT担当者自身も大きく成長する機会にもなります。組織全体のレベルアップのためにも、本記事を少しでもお役に立てていただければ幸いです。