DXとジョブ型人事が人材要件を変える【キャリア自律へリスキリング】

2022年7月22日

DXとジョブ型人事が人材要件を変える【キャリア自律へリスキリング】

ビジネスのデジタル化は企業経営や人々の働き方に大きな変化をもたらし、DXの推進を経営方針に掲げる企業が増えている。こうした企業の中にはジョブ型の人事制度を導入して職務内容に合致する人材を採用・配置したり、社員のリスキリングを進めて、事業戦略を実現できる人材の確保に力を入れている。

デジタル技術によって既存スキルが陳腐化

デジタル技術の急速な発展は産業構造の転換を促し、DXに取り組む企業が増えている。

デロイトトーマツグループが2021年6月末までに有価証券報告書を提出した上場企業を調べたところ、経営方針として「DX(デジタルトランスフォーメーション)」を掲げたのは前年比3.2倍となっている。全業種で増加傾向にあり、DXの取り組みがビジネス領域を問わず広がっていることがうかがえる。

こうしたDXを推進する企業の中には人材マネジメントを見直す企業も出てきている。

多岐にわたるデジタル技術が人事や組織に与える影響について、人事経済学が専門の大湾秀雄早稲田大学教授は、①既存スキルの陳腐化で、経験が蓄積されても生産性が上がらない、②コミュニケーションコストの低下は組織の上下層間での情報統合・伝達のコストを下げ、集権化を促す。従業員間の情報共有も加わり分権化につながる、③適材適所の重要性が一層高まる。組織内外での人材流動化も重なり、賃金格差の拡大をもたらす、④生産性カーブのフラット化は年功的賃金が多くの企業で維持できないことを意味する。モチベーション維持のため短期インセンティブを強める必要が高まる―の4つを挙げる。

これらは職の設計や評価制度の在り方にも影響を及ぼしつつあり、その中心がジョブ型雇用への動きだと指摘する。

実際に、日立、KDDI、富士通、資生堂、三菱ケミカルといった各業界を代表する大手企業がジョブ型雇用を導入し、2022年の春季労使交渉に向けて経団連がまとめた「経営労働政策特別委員会報告」においてもジョブ型雇用の導入・活用の検討を必要としている。

競争を勝ち抜くための人材を確保できない危機感

企業人事の実情に詳しい人事コンサルティング会社セレクションアンドバリエーションの平康慶浩代表は、ジョブ型の人事制度を検討・導入する企業の狙いについて、次のように説明する。

「依然として人事制度を年功的に運用している企業では、ジョブ型に移行することで職務内容と報酬を一致させて人件費の適正化を図りたいという考えが強いのは言うまでもありません。しかしジョブ型に取り組む企業が増えている背景として大きいのは、現在の人事制度のままで競争を勝ち抜くための人材を確保できないという危機感の高まりです。デジタル人材などを外部から獲得する必要性が高まる中、労働市場と向き合うことが求められているのです」

ジョブ型と称する制度を導入する企業では、具体的な内容や導入プロセスにはさまざまなパターンがあるものの、職務内容と報酬を明確にして合致するスキルを持つ人材を採用・配置していく点は共通している。

平康氏によると、新卒採用を維持しながらジョブ型への移行が可能な「ハイブリッド型の人事制度」の導入が近年は増えているという。新卒入社後一定期間は職能型とし、その後は職務型のエキスパートとマネジメントを組織ニーズに基づき異動する仕組みだ。エキスパートとマネジメントの職務内容と報酬を明確にすることで、外部人材も配置しやすくなる。

ジョブ型に関する議論では、年功序列で昇給の階段を上がってきた40代以上の社員の処遇に焦点が当たりがちだが、中高年社員に対しては、早期退職募集などで社外への転進を支援する取り組みが最近は活発になっている。

平康氏は「実は30歳前後の社員の停滞感を課題とする企業は少なくありません。そうした会社においては、若手の早期戦力化や社員のキャリア自律といった点からも30歳までにジョブ型へ移行していくことを明確に示す狙いもあるのではないでしょうか」と話している。

職務内容と報酬を明確にして人材を採用・配置

● ハイブリッド型の人事制度の例

ハイブリッド型の人事制度の例

事業戦略に基づくジョブ型採用を実現

人材獲得競争は激しく、DXを推進できる人材はもちろんのこと、今後の成長が期待される新産業・技術分野に関わる高度人材は奪い合いとなっている。採用方法を見直す企業が増えており、経団連の調査によると、職種別・コース別採用やジョブ型採用の実施割合が新卒・既卒者とも増加し、多様化が進んでいる。ジョブ型採用を予定する企業は従業員規模が大きいほど多い。

ジョブ型採用に取り組む企業では、これまで人事部が多くを担ってきた採用業務が事業部へ移っていくことになるが、人材アセスメントやリーダーシップ開発を支援するマネジメントサービスセンターの福田俊夫取締役は、ジョブ型採用への移行に関する課題について次のように指摘する。

「現在の採用プロセスで掛かっている膨大な時間とコストを事業部がそのまま負担することは困難です。また、事業戦略にフィットする人材がうまく採用できていないという声も聞かれます。コンピテンシーベースで人材要件を設定している企業が多いのですが、それに沿って採用した人材が成果を上げられないケースが出ているのです」

こうした課題の解決に向けて、同社は採用プロセスの効率化を支援するサービスを開始した。①人材要件の設定、②面接手法とツール、③採用人材の絞り込みと面接実践――の3つのステップで進めていくが、強く意識されているのは事業戦略に基づく採用を実現することだ。

人材要件の設定では、事業戦略と企業文化に沿って、ビジネス促進のために3 〜 5年で乗り越えるべき課題や障害である「ビジネス・ドライバー」を特定する。「ビジネス・ドライバー」を独自のアプリに入れると事業戦略を実現する人材に必要なコンピテンシーを割り出すため、採用のミスマッチを防げるという。

行動面接、評価尺度やアセスメントなどは、同社と提携先の米DDI社が蓄積してきたデータやノウハウを活用した科学的なデジタル手法が活用でき、面接で使用する質問集も採用する職種や階層に応じて用意されている。

福田氏は「DXが加速し、ビジネスのあらゆる場面でスピードが要求されています。人事部に期待されているのは"受動/反応型"から"先見型"への転換だと思います。グローバルで活用されている優れた手法の導入や人事業務のデジタル化も一層進めていく必要があります。ジョブ型が進むなかで、事業戦略に貢献するHRBPの役割がさらに重要になるでしょう」と予測する。

ジョブ型採用の実施を予定する企業が増えている

● 新卒者・既卒者の採用方法の動向

新卒者・既卒者の採用方法の動向

● ジョブ型採用実施(予定)企業数

ジョブ型採用実施(予定)企業数

(出所)日本経済団体連合会
「採用と大学改革への期待に関するアンケート結果」

ジョブ型人事を企業成長につなげるための教育投資

ジョブ型人事への移行は、社員のキャリア支援や能力開発にも新たなニーズを生じさせている。

人材育成大手インソースに人事担当者から寄せられた相談内容を見ると、2020年はジョブ型に関心がある段階の企業や、検討に向けた人事評価制度見直しセミナーなどに関するものが多かったが、2021年以降は導入が本格的に視野に入る企業から、今後の人材育成方針や具体的な研修内容に関するものが増えてきている。

ジョブ型導入に伴うニーズについて、同社の舟橋孝之社長は「ジョブ型に対する経営の考えを社員に適切に伝えなければ、例えば『決められた仕事だけすればよい』といった考えを持つ社員が出てきてしまう恐れがあります。そのため、ジョブ型導入と合わせて企業のパーパスやミッションを改めて浸透させることなどを目的とする研修ニーズが出てきています」と説明する。

同時に、社員のリスキリングを加速させる企業からの依頼も急増している。高度化する職務で成果を上げるためには必要なスキルを新たに獲得する必要があるからだ。同社の2022年3月度の業績は、eラーニングコンテンツ販売件数が前年比2.2倍と大幅に増加。特にDX教育ニーズ等の高まりで講師派遣型研修、公開講座ともに需要が拡大している。

舟橋社長は「ジョブ型人事を企業成長につなげていくためには、より高度な職務や力を発揮できる職務に社員が就けるように学習機会を用意したり、社員一人一人をしっかりと見て活躍を引き出せるマネジャーの養成が不可欠です。また、ジョブ型のなかで次世代リーダーをどう育てていくのかも大きなテーマです」と話し、教育投資の重要性を強調する。

DX推進に向けて多くの社員を対象に研修

今、社員のリスキリングのために幅広く必要とされるメニューはDX関連だ。研修サービスのリカレントが人事担当者を対象に実施した「社員研修とリスキリングに関する意識調査」によると、コロナ禍による研修中止や先送りが影響して研修予算が「減った」と回答した企業が多くなったものの、DX研修については「増えた」が「減った」を上回る結果となっている。

DXを社内に広く普及させていくフェーズでは、より多くの社員のリスキリングが急務となっている。例えば、大和証券は全社員を対象にeラーニングによるDX研修の受講を必須とし、データ分析を生かした営業など業務の付加価値を高めることを狙っている。NECは国内のデジタル人材を現在の5000人から1万人に倍増させるために営業やシステムエンジニアなどの社内人材のリスキリングに力を入れる。

こうしたニーズの拡大を受け、組織・人材アセスメントのネクストエデュケーションシンクは、全社員を対象に3カ月でDXリテラシーを学べる「DXリテラシー育成・認定パック」の販売を4月から開始した。

同社の斉藤実社長は「外部からDXと自社ビジネスの業務に習熟したDX人材を調達することは難しいため、社員のリスキリングが最も有効な方法と注目されています。全社員のデジタルスキルを強化しDXに対して意識付けを始めることから、DX化が必須の時代の危機感を全社に広めていきたいといったニーズが高まり、先進のIT技術とビジネスモデル全般の知識を短期間で効率的に学んでもらうことはDX人材不足を解消するための第一歩になります」と説明する。

リスキリング支援サービスの利用が広がっている

● 主なサービスの内容

主なサービスの内容

一人一人のスキルや教育効果を「見える化」

多くの社員のリスキリングをスムーズに進めていくための教育システムの導入も進んでいる。全社でDXの推進に取り組む企業のDX研修を支援するmanebiの小野寺元プロダクトマーケティング部長は「一人に掛けられる予算や研修に使える時間が限られる中で社員教育を進めるためには、低コストで効率的に学べる仕組みをいち早く確立することが重要」と話す。同社は3000本を超える教材をそろえたオンライン研修プラットフォームを提供し、全社員を対象とした底上げ教育をサポートしている。

ユームテクノロジージャパンが提供するラーニングプラットフォーム「UMU(ユーム)」は、コロナ禍以降の約2年間で導入企業が3000社から1万7000社へ増加した。

人事担当者からの問い合わせ状況について、同社の西尾夏樹ビジネスオーナーは「コロナ禍当初は急いでオンライン研修に切り替えたいという相談がほとんどでしたが、昨年春ごろからは『リスキリング』という言葉が聞かれるようになってきました。DXがあまり進んでいなかった業種の企業においても取り組みが本格化するに伴って導入が増えてきています」と説明する。

eラーニングなどの個別学習、双方向のオンライン研修などの複合的な使い方や学習履歴管理などの機能が求められ、今後は研修の運用・管理に留まらず、社員のパフォーマンス向上につなげるための人材開発の仕組みを支援できるシステムが選ばれていくと同社では考えている。

「デジタル化の浸透によって、取得したデータをどう活用していくかという点が人材育成においても一層重視されるようになっています。社員一人一人のスキルや教育効果を『見える化』していくことは、人的資本の情報開示の動きとも連動して経営からの要求として強くなってくると思います」(西尾氏)

ビジネスのデジタル化によって、これまで培ったスキルや経験だけでは成果を上げることが難しくなる一方、自律的にキャリアを考え、必要とされるスキルを獲得すれば働き方の選択肢を広げることが可能な時代に突入している。

人材の流動化がますます進むと予想されるなか、人材をいかに確保していくかが企業の大きな課題となっている。事業戦略を実現するために必要な人材が魅力を感じる人事制度や働く環境の整備、適切な評価や能力開発の仕組みづくりが急務となっている。

配信元:日本人材ニュース

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