皆様、こんにちは。ただいまご紹介に預かりました神戸大学の上林と申します。
本日は「人のマネジメント」について主にお話をさせていただきます。また、人的資源が企業の中でどのような役割を果たすべきか、あるいは「人のマネジメント」について最近どのようなパラダイムの変化が見られるようになってきたか、HRD(ヒューマン・リソース・デベロップメント)など、ホット・トピックスなどにも触れていきたいと思います。
冒頭から非常に硬い話になってしまって恐縮なんですが、「人のマネジメント」について話す前に、その前提となる経営学という学問について、まずご説明させていただきます。
実は、経営学は、それほど歴史のある学問ではありません。他の自然科学との比較ではもちろんのこと、比較的若い社会科学系の学問や、経済学、社会学と比べても歴史が浅いです。また、学問としての体系もまだそれほど固まっておりません。そのため、経営学はそれ単体で語られることよりも、経済学や社会学、心理学といった周辺の領域も含めて語られることが多いです。
まず「経営戦略」の流れ、それから経営資源(一般的に「人・モノ・カネ」)のマネジメントについて具体的にお話ししていきます。 先ほどもお話ししましたが、経営学は、学問として成立して、大体100年くらいの若い学問です。テイラーというエンジニアが学問の基礎を作りました(テイラーは経営学を学ぶものなら知っていないとモグリだといわれるほど有名な人物です)。
テイラーは、「どうしたら効率よく仕事を回せるのか」ということをまず考えました。そして、彼が出した答えは非常にシンプルなものでした。何かというと、それは「分業」です。様々な仕事を分類して、それぞれの作業分担を決めました。じつにエンジニア的な発想です。
「分業」をすると、労働効率が上がる理由は2つあります。まず1つ目、これは簡単です。分業して同じ作業ばかりやっているとそれに慣れます。それに伴って、仕事のスキルが上がり、作業時間が短くなってコストが安くなります。これを別の言葉で「学習効果」とも言います。
2つ目の理由ですが、分業によって賃金の額に差をつけるということです。これは1つ目と比べるとちょっと難しい。仕事の作業分担を分けないと、高いスキルが必要とされる作業を行えない人がでてきます。しかし。仕事を難しいものと簡単なものに分類すると、難しい作業は高いスキルを持っている限られた人しかできませんが、簡単な作業はスキルの高くない人でもできるようになります。そして、スキルの多寡に応じて賃金に差をつけます。分業すればするほど賃金の差がつけられるので、コストを削減し経営効率はあがるという理論ですね。ちなみに、これに気づいたのはテイラーではなく、バベッジという人です。ですからこの理論は「バベッジ理論」と呼ばれています。
分業のメカニズムを説明しました。ただ、もうすでに多くの方がお気づきだと思いますが、分業にはいくつかの問題点があります。まず、後で詳しくご説明する、人的資源管理(HRM、ヒューマン・リソース・マネジメント)をする上で一番重要な問題が"やりがい"です。作業をこなすのは生身の人間ですから、同じことばかり繰り返していると、当然しだいにやる気が削がれていきます。「新しいことをやりたい」。これは人間の常ですね。テイラーはエンジニアだったので、そういう「人間」という資源のもつ特性があまりわからなかったんでしょう。
また、分業のそのほかの問題点として、さらに付け加えるならば、あまりにも細分化された仕事ばかりしていると、「仕事の全体像が捉えにくくなる」ということがあります。「作業工程の全体の中で、自分がどのような役割を果たしているのか」ということなど、作業を細分化しすぎると、仕事の全体が見えにくくなっていきます。
このように、実際の作業現場にはテイラーの考える効率以外の「ロジック」が存在しています。これらを「やりがいの論理」と私は呼んでいます。テイラーは見落としていましたが、この「やりがいの論理」もまた、経営学の中では永遠の課題として論じられるものです。
まず、「やりがいの論理」を説明する上で、非常に重要な、経営学の中でも時代を象徴するような一つのエピソードについてお話したいと思います。以前、ハーズバーグという人がアメリカのピッツバーグにある鋼鉄会社で、職務満足に関する調査をしました。それは非常にシンプルな調査方法で、(A)特によかったと感じたこと、(B)特に悪かった、いやな思いをしたと感じたときのこと、をそれぞれ挙げくださいというものです。いうまでもなく、(A)が「職務満足要因」、(B)が「職務不満足要因」です。
アンケート結果をご紹介すると、「満足要因」の方は、「仕事を達成できてよかった」、それから「仕事をやり遂げたことで、周りに認めてもらえて嬉しかった」「責任ある仕事を任されて非常にいい思いをした」「仕事を通じて人間として成長することができました」という意見がありました。
一方、「不満足要因」の方ですが、まず「トップの経営方針が気に入らない」「上司、監督者の態度がひどかった」などの上席者に対する不満があります。また、「もう少し途中で休憩が欲しい」、「毎日同じ仕事でつらい」などの、給与や作業時間、作業条件などの待遇に関する不満もありました。
この結果から、経営学的に、非常に面白いことがわかります。「満足要因」はすべて職務そのものにダイレクトに関っています。これらは「動機付け要因」とも呼ばれます。それに対して、「不満足要因」の方は、経営方針、作業環境、作業条件などの間接的な要因です。これらは「衛生要因」呼ばれています。ですから、「不満足要因」を解消して、職務満足度(動機付け要因)を高めるには、職務そのもののあり方を変えるということが重要になってくるわけです。これは「ジョブ・リデザイン」=「職務再設計」などと呼ばれています。
「動機付け要因」を強化する方法として挙げられるのが、時々仕事を変える「職務転換」=「ジョブ・ローテーション」や、複数の仕事を経験させる「ジョブ・エンラージメント」=「職務拡大」などです。そのほか「職務充実」も「動機付け要因」の強化に有効な方法です。ハーズバーグが最も重要視したものに、「ジョブ・エンリッチメント」(=職務充実)というものがあります。これは、普段であればちょっとやらないような、ワンランク上の難しい仕事を経験させるというものです。
様々な仕事を経験させるためには、個人レベルまで仕事の作業分担を細かく分けてしまうより、チーム単位で仕事を割り振って作業をさせるということが非常に有効です。言うならば、「分業原理の緩み」ですね。「職務転換」というのは、結局のところ、分業を徹底しないことに通じます。
実は、仕事はあまり細切れにしないで、複数の仕事を、それもちょっと難し目の仕事をこなすようにデザインするのが、人間にとっても、組織にとっても、長期的には良いということです。このことは、最近トピックスになっている「2007年問題」、「技能継承」の問題や「ワーク・ライフ・バランス」を考える上でも、重要となってきます。