大阪市の民間公募による校長の辞任のニュースから、民間企業と学校における価値意識や組織目的の違いについて考察します。
経営理念の重要性(1)
著者:インソースマネジメント研究チーム
1.民間企業には「利益」という数的指標が厳然として存在するのに対し、学校では「人間としての成長」をどういった指標で測定するかは千差万別であり、必ずしも具体的な数字に現れるものではない。
- ■民間公募校長の退職届
- 大阪市の橋本市長の肝いりで導入され,今年から始まったばかりの「民間公募による校長」施策で就任した市立小学校の校長先生が,一身上の都合により退職届を出し,辞任しました。
- ■活かせない経験
- 新聞報道によりますと,本人の記者会見では,「市教育委員会のビジョンが見えず,不満を抱えていた」ことや,「(外資系証券会社勤務という)自分の経験やスキルを活かせることができないことがわかった」というのが退職の理由のようです(「日本経済新聞」2013年6月26日,朝刊)。
- ■組織目的の違い
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このニュースへの皆さんの感じ方はさまざまだろうと思います。元校長に対し「けしからん」とお怒りの方も居られるでしょうし,逆に市教委や学校サイドの"マーケット意識"の欠落を批判的に見る向きも居られることでしょう。
この元校長の行動の是非はこの際さておくとして,わたし自身がこのニュースを聞いて思い至った点は,民間企業と学校とでは,その価値意識や組織目的が大きく異なるという,ある意味で至極当然の事実です。 - 以下ではこの点を,経営理念との組織の在り方に絡めて,述べてみることにしましょう。
- ■スピードの違い
- まず注目したい点は,この校長がわずか3ヶ月も経たないうちに辞職届を提出しているという事実です。元校長の"身のこなし"の速さ,スピーディな対応に,まず何よりも驚かずにはいられません。
- ■広義のNPOとしての学校
- 学校のような組織は,一般に営利の追求が組織目的ではありませんから,広い意味でのNPO(非営利組織,Non-profit organization)であり,したがって短期の成果を求めるよりも,より長期的なスパンで物事を考える癖がついているのが通常の姿です。しかも,その成果指標は,「利益を出すこと」が何を差し措いても重要である営利企業に比べると極めて複雑です。
- ■学校教育の目的
- 学校教育の最も根源的な目的は,学生・児童に対し知識を授け,考える力を付けさせることもさることながら,心身ともに健全に成長し,一人前の社会人として育てることにあるはずです。小学校のような初等教育であればなおのこと,個々の児童の健全な成長が根底の目的として存在しているべきです。
- ■長期視点の必要性
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いうまでもないことですが,人間の成長は,なかなか一筋縄ではいかず,個々の児童の個性や能力も違うことから,うんと時間がかかり,それを教える学校の先生には莫大なエネルギーやタフネスが要求されます。
民間企業であれば「利益」という数的指標が厳然として存在し,資金を拠出してくれた株主への責務を果たすためその数値を上げるという,明確な短期的目標が存在します。事業の成否も,原則的にはその数的指標に則って判断すれば良いわけです。 - ■多様な側面をもつ学校教育
- しかし,学校という組織の成果指標は,当然のことながら,こうした数値という具体的指標の形では必ずしも現れてきません。一口に児童の「人間としての成長」といっても,それをどういった指標で測定するかは千差万別です。何を「成長」とみるかは,最終的には個々人の価値観によって異なってくる,実に多様な側面を含むのです。
- ひょっとすると,民間企業出身のこの校長先生は,記事には書かれていませんが,そもそも学校でのタイムスパンや,時間の流れるスピードの"ゆったり感"に違和感を覚えていたとしても不思議ではありません。