アイデアを生み出したり、マネジメント能力を高めたりすることは、組織で働いている従業員や経営者といった人間そのものをどのように捉えるかという点と関わってきます。今回は、組織と人間の関係の変遷から、人的資源管理論は役立つかについて考察します。
人的資源管理論は役立つか?
著者:インソースマネジメント研究チーム
1.人事労務管理から人的資源管理の方向へ変化し、「人間は企業にとって役立って当たり前」という認識が強くなった結果、人間としての存在や意識が後背に追いやられている。
2.表層を捉えて議論する人的資源管理論よりも、社会的背景や人間の在り方それ自体にも着眼する労務論的視点の方が、実践的にも真の意味で「役立つ」といえる。
- ■ここ十数年前からの変化
- 組織における人間のマネジメントに関する基本的なパラダイム(根底から支えている発想法,考え方)は,人事労務管理から人的資源管理へという方向へと変化してきました。 学問領域的には,この人的資源管理は,かつては経営労働論とか労務管理論とか呼ばれていました。我が国で人的資源管理論という呼び方が一般的になってきたのはそう古い話ではありません。せいぜい1990年代に入ってからで,ここ十数年前からの変化に過ぎません。
- ■人間は本来"反抗"するもの
- しかし,この領域の呼び方の変更には,実は隠された重要な変化が潜んでいます。かつての経営労働論とか労務管理論という呼び方のもとでは,働く従業員それ自体や労働の在り方そのものを研究するという意味合いが強く,多くの研究者は「労働者は経営にとっては厄介で扱いにくい存在だから,そうした人間の本質は認識した上で,マネジメントしなくてはならない」という前提の下で研究を進めていました。
- ■人間は"役立って当然"の時代へ
- しかし,人的資源管理論の時代に入ると,働く人間は,企業にとってまさに資源であるという認識が強くなり,経営戦略を実現する上での(言葉は悪いですが)道具であるというニュワンスが強くなってきたのです。いわば,「人間は企業にとって役立って当たり前」という考え方にシフトしていったのです。
- ■現象の背景は省略された議論
- 例えば,非正規労働者を研究として取り上げる際には,非正規雇用が増加してきた社会的背景や企業経営へのインパクトを客観的に論じるのが普通でした。 しかし,人的資源管理論になると,それらはむしろ所与の条件に過ぎず,どのように個々の企業が非正規労働者を扱うとよいか,例えば正規従業員との比率をどう設定すると収益が改善するかとかいった視点で研究がなされるようになってきています。ここからは,働く人々の人間としての存在や意識が後背に追いやられていることが窺えると思います。
- ■労務論的な視点も重要!
- ただ,とりわけ経営での人間の問題を扱う領域の研究者としては,従前の経営労務や経営労働論的な視点,すなわち,人間を企業にとっての経営資源として前提視するのではなく,その社会的背景や人間の在り方それ自体にも着眼するスタンスでの研究も重要です。なぜなら,人間は感情や思考力を持っており,ヒトという管理されるはずの対象に対して,マネジメント層が"気遣い"をしてやらなければならない点こそが,他のモノ・カネ・情報等のマネジメント論との決定的な相違であり,まさにこの点こそがヒトのマネジメント論のエッセンスだからです。
- ■真に役立つのは労務論的スタンスの研究
- 経営の各局面において,組織で働く人々は,常に何らかの意識,例えば「このやり方は拙(まず)い」とか「もっとこうすればいいのに」とかいった意見を持っているはずです。従業員のこうした意見をマネジメント層が真摯に耳を傾ける・・・こういったスタイルで経営されている企業は,活力があり,長期的に好業績の企業が多いです。 こうした点に鑑みると,労務論的視点の方が実践的にも真の意味で「役立つ」といえるでしょう。表層を捉えて議論する人的資源管理論より哲学的・客観的で深い思考が可能となるからです。