コグニティブダイバーシティ~分類だけではない、ものの見方・考え方の多様性

コグニティブダイバーシティ
~分類だけではない、ものの見方・考え方の多様性

ダイバーシティ(多様性)については、D&I(ダイバーシティ・インクルージョン)という言葉が一般化したほか、ジェンダーダイバーシティ(性別に関わらず活躍できる組織の多様性)やエイジダイバーシティ(シニア層など年齢に関わらず活躍できる組織の多様性)など、「〇〇〇ダイバーシティ」という形で、多様性の重点テーマが一つのキーワードとなるほど、世の中に浸透しました。

このようにダイバーシティは日本で浸透し、国籍・年齢・性別など多様な人材が組織に所属したり、出産・子育ての支援制度や介護支援制度など多様な人材が働きやすい制度が整備されたりなど、ダイバーシティの環境は整いつつあります。

しかし、多様性を組織の強みとして多様な人材を活かしきれているか(インクルージョン)というと、まだまだ課題が山積しています(もっともこれは日本だけでなく、ダイバーシティ先進国の欧米でも永遠の課題となっていますが......)

今回は、そのダイバーシティについての新たなキーワードである「コグニティブダイバーシティ」について取り上げ、多様性が生み出す成果、効用や、ダイバーシティを発揮するための環境・仕組みづくり、職場でのリーダーシップの発揮方法(インクルーシブ・リーダーシップ)などについてみていきたいと思います。

※インクルーシブ・リーダーシップについては、是非こちらのコラムも合わせてご覧ください
【コラム】インクルーシブ・リーダーシップとは~ダイバーシティ&インクルージョン(D&I)の新たなキーワード

1.コグニティブダイバーシティとは

「コグニティブダイバーシティ」(cognitive diversity)のコグニティブとは「認知の」「認知的」という意味です。そもそも認知とは、「目や耳などの五感で知覚したことを判断したり、解釈したりすること」で、それを踏まえると、コグニティブダイバーシティとは、「ものの見方や考え方、理解の仕方、判断・決断の仕方などの認知が多様である」という意味になります。

一般的なダイバーシティは、性別、国籍、年齢などの違いで分類するもので、これを「デモグラフィックダイバーシティ」(demographic diversity、人口統計学的多様性)と呼びます。

現在多くの企業で推進されているダイバーシティは、女性活躍推進やシニア、障がいのある方、LGBTなどの様々な属性の人材が活躍できる職場であることを目指す、この「デモグラフィックダイバーシティ」が重視されています。

デモグラフィックダイバーシティは、様々な人々が就職の公平性(エクイティ)・機会均等を確保するために重要なことではありますが、ダイバーシティを組織の強み・利益としていくためには、デモグラフィックダイバーシティを実現するだけでは不十分で、コグニティブダイバーシティを実現することも必要となります。

2.ダイバーシティの成果・効用

ダイバーシティが生み出す成果・効用としては、(1)抜け漏れがなくなる、(2)多様なアイデアが出る、(3)(多様なアイデアが融合して)革新的なアイデアを生まれる、という3つがあげられます。そのダイバーシティの成果・効用がどのような仕組みで生まれるかについて簡単な図を使って説明いたします。

下記の図は、認知の傾向(ものの見方・考え方)を示す円だとします。チームに10名の人材がいるとして、同じタイプの人たちが集まると、たとえ10名の人材がいたとしても、図のように偏ったものの見方や考え方しかできません。

また、このような偏ったチーム構成がさらに常態化すると、チーム内の同調圧力が強くなったり、「エコチェンバー現象」(録音設備の意味。エコーが響いて音が部屋で共鳴して大きくなるように、同じ意見の者同士でコミュニケーションを繰り返すことで、特定のものの見方や考え方が強くなる現象)と呼ばれる状態が発生し、たとえ、今後新たな認知の傾向の人材がチームに入ってきても、チームの同調圧力でそれを排除してしまうことになってしまいます。

しかし、同じくチームに10名の人材がいても、それらの構成員が様々な認知(ものの見方・考え方)をする人材であり、それらの多様な考え方をリーダーの力で結合(共有)することができれば、チームとして様々なアイデアを生み出すことができ、またリスクの洗い出しなどを行う際にも抜け漏れが少なくなります(MECE)。人はそれぞれ個人だと、不完全な認知しかできませんが、違う見方をする者同士が協力すれば、視野が広がり、多くの発見をすることが可能となります。

また、チーム内で生み出された多様なアイデアのうち、異質なアイデア同士が融合すると新しいアイデアが生まれます。さらにそのアイデアが様々な意見(レビュー)によって揉まれることで、革新的な(イノベーティブな)アイデアへと変貌します。

3.組織・職場での公平性(エクイティ)の担保の仕方~DEI(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)

2章で述べたような多様性のメリットについては、多くの人がその効果を認めると思いますが、同時に、多様性を実現すると、組織の中での個人間の能力差が大きくなったり、認知(ものの見方や考え方)の振れ幅が大きく、組織内の合意を得るのが困難になったり、組織全体で特定の方向に向かう場合の迅速さを欠いたりなど、効率性や合理性の面で負の作用もあります。

上記のような多様性のデメリットを恐れ、形ばかりの多様性を整えるが、実際に職場では多様性が機能していないということが起こっています。しかし、多様性の大きなメリットを考えると、その負の作用だけで多様性を放棄するのはもったいないことです。多様性の職場での実現は、職場の環境・仕組みづくりやリーダーシップで克服することができます。

まず、その克服の方法の一つである「組織・職場での公平性(エクイティ)の担保の仕方」についてみていきます。

※DEIとは
近年、D&I(ダイバーシティ・インクルージョン)を、DEI(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン)と表現する企業が増えてきました。また、このDEIを企業のパーパスとして宣言する組織も増えています。

DEIとは、人材の多様性を組織の中で実現するというD&Iに加えて、公平性という意味のE(Equity:エクイティ)を重視する概念で、組織内の公平性を担保して、多様な人材を組織内で包括し活かすという意味となります。

こうしたDEIの概念が世界中で重視されるということは、組織・職場内で公平性(エクイティ)を確保することがいかに困難かということを示していると思います。

※公平性(エクイティ)とは
組織に求められる公平性(エクイティ)とは、あらゆる情報や成長機会へのアクセスを、誰にでも保証することです。

気をつけなければならないのは、公平と「平等」とは違うということです。あらゆる機会へのアクセスを促すために、すべての人に対して同じリソースやツールを与え、平等にチャンスを与えているのだからあとはその人次第、で終わらせるのは公平とは言えません。

「公平性」とは、組織内のあらゆることに対する機会がすべての従業員に公平に与えられているということで、例えば、研修やeラーニングなどの教育の機会、必要な情報にアクセスが可能なことや、チームメンバーへの必要な情報提供などが挙げられます。

また、さらにやむを得ない理由で、組織の生産的な活動に参加できないメンバーへのフォロー・救済措置も、公平性を維持する行動となります。

■個別の具体例
・社内のイントラネットに入れないリモートワークのメンバーには必要な情報をメールで送る
・自身の体調や家庭の事情で定時出社に間に合わないメンバーに対して、時差通勤を認める
・日本語が読めない人に英語の資料を用意する

また、意思決定の面でも、下記のような意識をメンバーが持てるチームでは、自分もチームの一員であるという意識を高く持つことができます。
「自分のチームではオープンに意思決定が行われ、メンバーは誰でも意見提起できる」
「職場のすべてのメンバーは、自分たちの仕事に直接かかわる意思決定に参加している」

チーム運営上の新しいルールを決める時など、意思決定の場に呼ばれていないメンバーがいると、その人はチームから排除されたと感じます。メールのCCから外す、ミーティングメンバーから外す等、業務推進のうえで合理的な判断として行った行動であっても、特にマイノリティ人材からすると疎外感や不安を強く感じてしまいます。

公平性(エクイティ)を担保するためには、「なぜそのように対処をしたのか」という理由を都度メンバーに伝え、安心して働けるようにする必要があります。多様性はそのような心理的安全性のもとで、十分に発揮されます。

4.インクルーシブ・リーダーシップ~多様性を引き出すリーダーの働きかけ

コグニティブダイバーシティ(認知的多様性)を職場で実現するためには、3章でみた公平性(エクイティ)を担保して、ダイバーシティを個々のメンバーが発揮できる環境づくりを進めるととともに、職場でのインクルージョンを実現するため、現場リーダー、管理職がメンバーを巻き込んで一体感を生み出したり、多様な個々の強みを活かしてチームの力を高める働きかけを行う「インクルーシブ・リーダーシップ」も必要となります。

インクルーシブな職場を実現するには、職場のメンバーが3つの要素を感じることが重要となります。

1.類似性(所属する集団の人との共通点があると感じる)
2.唯一性(所属する集団の中で、自分の存在意義があると感じる)
3.公共性(所属する集団の中に、自分が安心して居られると感じる)

人は集団に所属するとき、他人との類似性を求める一方で、人として唯一無二の存在である私でありたいとも思い、自身におけるその両方が均衡する最適バランスをみつけようとします。このことを最適弁別性理論といいます。

また、集団の中で自分の居場所を見つけたら、その場所にずっと居られるよう、自分の役割を果たしたり、貢献したりしようとする意識が生まれます。これが集団の中の公共性です。

メンバーが自分の職場の中に類似性・唯一性・公共性を見出していけるようになるには、インクルーシブ・リーダーシップによる働きかけが必要です。 以下で、この3つの要素に注目しながら、職場のリーダーが実践すべきインクルーシブ・リーダーシップの具体的な取り組みについてみていきます。  

(1)「類似性」を感じさせる取り組み

多様なメンバーとの間に「類似性」を感じさせるための取り組みについて、はじめは距離を感じる相手でも、「ここは自分と似ているかも」と思える点が見つかると、それだけで心理的な距離が縮まり、信頼関係の構築につながります。

バラバラなメンバーの間に共通点を作るのが、インクルーシブ・リーダーシップの果たす役割となります。具体的な取り組みは以下の2つとなります。

①チームの共通の目的を設定し、メンバーと共有する
「チーム」とは「共通の明確な目的をもった人々の集まり」です。各チームに在籍するメンバーの特性や働き方が多種多様な中でも、達成したい目的が一つであれば、メンバー全員が同じ方向を向いて走ることができます。同じ目的を持つことが、相手との「共通項」となり、やがて類似性を感じられる関係性の構築へとつながります。

②チームの「ハブ」となり、メンバー間の心理的な壁を壊す
多くの人は「内集団(ないしゅうだん)びいき」をしてしまう傾向があります。

内集団とは、自分との類似性を認識し、帰属感を感じる集団のことです。自分と似ている相手を厚遇する一方、異なる特性を持つ相手に対してはなかなか親しみを感じにくいものです。このような"心理的な壁"を壊すためには、リーダーがメンバーをつなぐ「ハブ」として役割を果たすことが重要です。

自分とは違うと思っていた相手とも、別のベクトルからの共通項が見つかれば、"心理的な壁"を壊すきっかけとなります。

異なる内集団のメンバーがつながることで、それまで集団を形成していた"枠"の締め付けが弱まり、内集団びいきの意識が薄れます。  

(2)「唯一性」が感じられる関わり方

メンバーがチームの中で自らの存在意義(唯一性)を感じられるためには、組織に貢献しているという実感・自信(自己効力感)を持つことが重要となります。

「自己効力感」とは、組織に貢献できている、役割を果たせているという実感・自信をもって、仕事に熱心に取り組んでいる状態のことです。

メンバーが自分で「頑張っている」「組織に貢献している」と感じていても、管理職・リーダーが同じように評価しなければ、組織貢献をしたことにはなりません。

上司の「役割期待」と、メンバーの「役割認識」がずれないように、下記を行うといいでしょう。

■上司の「役割期待」と、メンバーの「役割認識」がずれないために
・期初に上司とメンバーで面談を行い、双方で話し合いながら目標を立てる
・目標を達成するために、どのように行動するかについても上司とメンバーで具体化し、アクションプランを立てる
・期中に定期的に(1ヶ月に1度程度)目標・計画の進捗確認を行う

これらのことを行うことで、上司の役割期待とメンバーの役割認識がミスマッチなくなり、メンバーがチーム内で役割を果たしていると感じ、自己効力感を得ることができます。

(3)公共性を感じさせる職場づくり

もう一つ、インクルージョンの実現に欠かせないのが、組織の心理的安全性です。

多様な人材が安心して自己開示できる状態にあることで、個人が自由に発言でき、主体性の発揮につながります。

また、安心して自己開示ができる組織では、メンバー間の相互理解も進みます。

自分について話すことで、他者が自分に対して関心や親しみを持つようになり、自分を深く理解してくれます。

そして、理解を示した相手に対しては、こちらも自分を見せようとします。このように相互理解が深まることで、組織の中で多様性を尊重する機運も高まります。

そのためには、3章で述べた公正性(エクイティ)の担保とともに、チーム全体にアサーティブな雰囲気を醸成することも重要となります。

マイノリティ人材に対しての配慮は必要ですが、行き過ぎた配慮はかえって本人のモチベーションを低下させたり、心理的な負担となってしまうこともあります。

また、周りのマジョリティ人材にとって"我慢をしている"状態が続くと、チーム内にわだかまりとストレスが溜まってしまいます。

一番重要なのは、お互いに率直に思っていることを伝えられる関係性と、アサーティブな雰囲気を職場に醸成することです。

リーダーが、率直に話すことを恐れない、言いにくいことをごまかそうとしない、誠実に相手と向き合うという態度でメンバーに接すれば、お互いの思いを率直に伝え合える信頼関係が生まれ、フェアな人間関係を構築することができます。

まとめ

今回は、ダイバーシティの本質が、デモグラフィー(人口統計学)的なものではなく、コグニティブ(認知的な)ダイバーシティを実現することであることをみてきました。

デモグラフィー的な性別・国籍・年齢などの人材の多様性を組織内で実現したり、その多様な人材が安心して働ける仕組みづくりを行うことは重要ですが、組織としてダイバーシティから生み出される成果をより多く得るためには、さらにコグニティブダイバーシティを実現することで、チーム内で多様な視点や考え方が生まれ、また様々なアイデアを融合することで革新的なアイデアを創出することが可能となります。

また、そのコグニティブダイバーシティを実現するためには、職場内でメンバーが安心して自分の力を発揮できるための、公平性(エクイティ)の確保やインクルーシブ・リーダーシップの発揮が必要となってきます。

岸田首相が2022年1月17日の国会の所信表明演説で「新しい資本主義」のために、①「人への投資」、②「人的資本経営」、③「人的資本の開示」の推進を宣言しましたが、この人的資本開示の項目で重要視されているのが「ダイバーシティ」であり、さらにそのダイバーシティの中で、エクイティ(DEI)やコグニティブダイバーシティが重要視されています。 今回取り上げた、エクイティ、DEI、コグニティブダイバーシティがこれからさらにホットなキーワードとなる予感がします。

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