ステレオタイプ脅威に負けないために~ナラティブで人生のストーリーをポジティブに再構築する

ステレオタイプ脅威に負けないために~ナラティブで人生のストーリーをポジティブに再構築する

世間一般に浸透している先入観や固定観念のことを「ステレオタイプ」と言います。例えば、「女性は数学が苦手」、「高齢者は頭が固い」などといったイメージは、いまだに多くの人が持つステレオタイプの典型です。

もちろん、実際には理系に進む女性や、柔軟な発想をするシニアがたくさんいるのはご存じのとおりです。皆さまの周りにも、ステレオタイプに関わらず活躍されている方が大勢いらっしゃるのではないでしょうか。

しかし、単なるイメージの問題にとどまらず、実際にネガティブなステレオタイプを持たれている人のパフォーマンスが低下したり、職場の心理的安全性が阻害されていたりするケースも少なくありません。

そこで今回は、ステレオタイプが働く人に悪影響をもたらす「ステレオタイプ脅威」と、その打開策について解説します。参考にしていただければ幸いです。

1.アンコンシャスバイアスとステレオタイプ

ステレオタイプと似た言葉に「アンコンシャスバイアス(無意識の思い込み) 」があります。アンコンシャスバイアスとは、自分では気づいていない物の見方や捉え方のゆがみ・偏り、無自覚の偏見のことを指します。

根深いアンコンシャスバイアスをあぶり出した事例として有名なのが、ニューヨークのオーケストラの話です。1970年代から80年代にかけて、団員のほとんどが男性であることに問題意識を持った楽団が、出演者の姿を見えなくするブラインド・オーディションを行ったところ、女性の合格率が向上しました。つまり、それまでの審査は「男性の演奏の方が優れている」という審査員の思い込みによって、男性の方が合格しやすかった可能性があったことになります。(※)

アンコンシャスバイアスとステレオタイプで大きく異なるのは、アンコンシャスバイアスは自分次第で考え方を変えられるという点です。客観的な事実を確認したり、「本当にそうかな」「別の考え方はないかな」などとクリティカルな視点を持ったりすることで、無意識の思い込みに気づけば、物の見方を変えることができます。

一方、ステレオタイプは、偏った見方が社会通念として定着してしまっているものです。自分自身はそれほど強く思っていなくても、世間一般の人が認めている常識なら、わざわざ違う見方をして反論したり、疑問を抱いたりすることもなく、次第に同調してしまうことはよくあるのではないでしょうか。

さらに、自身で変えることのできないアイデンティティ(性別、人種、年齢、障がいの有無、性的嗜好など)と結びつくネガティブなステレオタイプに長い間さらされていると、いつの間にかそれが自分の性質だと認識し、イメージ通りの行動を取るようになってしまいます。

ネガティブなステレオタイプは、その人の人生にまで悪い影響を与えてしまう社会的なスティグマ(烙印)となってしまうので、注意が必要です。

2.ステレオタイプのマイナス作用

黒人の心理学者であるアメリカのスティール教授は、女子学生や黒人の学生に「女性は数学が苦手」「黒人は白人より知的能力が低い」といったステレオタイプを事前に意識させると、意識させない学生よりもテストの点が低くなることを実験で証明しました。また、黒人学生の中に数名だけ混じっていた白人の学生が、アメリカにおける黒人の歴史を学ぶ授業において、自分が人種差別主義者であるとみなされたくないというプレッシャーから講義に集中できなくなったことも、聞き取り調査によって明らかにしました。(※)

つまり、性別や人種といった自身のアイデンティティに基づくネガティブなステレオタイプに対して、自分は当てはまらないことを証明しようと強く意識しすぎるあまり、集中力の低下やミスを誘発してしまうというのです。

このように、ネガティブなステレオタイプが私にも当てはまるのかもしれないと不安に感じるだけで、実際に自身のパフォーマンスが低下してしまう現象を「ステレオタイプ脅威」といいます。ステレオタイプ脅威にさらされることで、一時的なパフォーマンス低下にとどまらず、自身の可能性を狭めたり、努力をあきらめてしまったりするなど、将来にわたり個人の成長が阻害されます。

また、元々高いスキルを持つ人でも、環境が変わり自分が特定の集団の中の少数派(マイノリティ)になると、自分の実力を証明しなくてはというプレッシャーが強いストレスとなり、モチベーションを維持するのが難しくなります。

3.職場におけるステレオタイプ脅威を克服するには

フルタイム勤務の日本人男性が主流である日本の職場において、女性、短時間勤務者、外国人、シニア、障がい者などのマイノリティ人材は、常にステレオタイプ脅威にさらされるリスクが高いと考えられます。

仮に、今の職場に露骨なステレオタイプに基づく言動をする人がいなかったとしても、これまでの社会生活において、同じアイデンティティを持つ人が排除されてきた、あるいは正当な評価をされてこなかった、といった経験があると、今の職場の中に同じアイデンティティの人が少ない(あるいはいない)ということ自体がステレオタイプの「サイン」ではないかと感じ、萎縮してしまうのです。

これまでの調査で、特定の集団の中でマイノリティ人材が数字上の「少数派」である状態が解消できれば、ステレオタイプ脅威を感じるリスクは低減されることが分かっています。少数派が一定の数に達した結果、自分たちが少数派であることでの疎外感を感じなくなる分岐点のことを、「クリティカルマス」といいます。

ハーバード大学の組織心理学者が、世界のオーケストラにおける女性団員のクリティカルマスを調べました。全団員に占める女性の割合が1割以下だと、女性団員は「自分の実力は男性と同じだ」と証明しなくてはならないという激しいプレッシャーを感じた一方、女性の割合が4割までに達すると男女ともに満足度の高い経験ができるようになったといいます。(※)

あらゆる職場においてクリティカルマスが達成されれば、誰もがアイデンティティに関係なくパフォーマンスを発揮できるようになります。しかし、多様な人材が活躍できるよう、多くの組織がダイバーシティ施策に取り組んでいても、実際にクリティカルマスに到達するまでには時間がかかります。そのため、現在進行形でステレオタイプ脅威に悩んでいる人を救うためには、違うアプローチが必要となります。

そこで実践していただきたいのが、以下の2つの方法です。

(1)チーム内に目標を共有する「同士」をつくる

以前ご紹介した「インクルーシブ・リーダーシップ」のコラムで、距離を感じる相手との間に類似点が見つかると、それだけで心理的な距離感が縮まり、信頼関係の構築につながることをお伝えしました。
【コラム】職場で実現するインクルーシブ・リーダーシップ~チームの一体感を生み出すリーダーからの働きかけ

前述のスティール教授が、実際にそのような経験をしています。 彼は、白人学生に囲まれていた大学院時代にステレオタイプ脅威を感じていましたが、一人の白人アドバイザーとの出会いをきっかけにそれが気にならなくなったと、著書(※)の中で述べています。

二人の間には、お互いのアイデンティティを超えた信頼関係がありました。共通の目標を持つ相手とは、たとえアイデンティティが異なっていても、「同士」としてお互いを理解し、ともに前に進むことが可能です。そして、マイノリティ人材にとっては、一人でも主流派に属する人と信頼関係を築くことができると、相手の存在が「クリティカルマス」の代わりとなり、疎外感の解消につながります。

もし、皆さまのチームにいるマイノリティ人材が十分なパフォーマンスを発揮できていないと感じられたら、主流派とペアを組ませ1つのミッションに取り組ませてみましょう。できればペアにする相手は、インクルーシブ・リーダーシップの素養を持つ人材がベストですが、ミッションの遂行を通じてお互いが必要な能力やスキルを持ち合わせていると分かれば、どんな相手でも一定の信頼関係を構築することができます。

(2)「ナラティブ」の力で、ステレオタイプを乗り越える

心理学や社会学の分野に「ナラティブアプローチ」という手法があります。ナラティブとは、物語ないしは物語る行為そのものことを言います。特に自分の経験を振り返り、書いたり語ったりする活動が含まれます。

人は、自分の人生を物語る時、記憶のパーツに意味づけを行いながらストーリーを構築します。過去に起きた出来事を変えることはできませんが、現在のレンズを通じて見ることで、過去についての解釈を変えることはできます。人生を物語る行為を通じて、過去のストーリーを改訂し、将来につないでいくことが、人生の可能性を開いていくためには必要です。

ネガティブなステレオタイプにがんじがらめになっている人は、自分のアイデンティティのせいで他の人より能力が劣っているのではないかと感じています。周りの見方に流されず、自分の力を信じてポジティブな行動を起こせるよう、2つのナラティブを実践してみましょう。

①自分の経験について「書く」ことで自尊感情を高める

スタンフォード大学のジェフリー・コーエンらが行った実験では、成績不振の黒人学生のグループに、自分にとって最も重要な価値(アートが得意、信仰心が強い、ユーモアがわかる、家族を大切にする、など)についての作文を定期的に書かせました。するとそのグループの学生は、自分にとって重要ではない価値観について書かせた学生よりも成績が向上しました。(※)

自分が大切だと思う価値観とこれまでの経験を結び付け、言語化することで振り返った学生は、自分の経験には価値がある→自分には価値があると認め、自尊感情を高めることができたのではないでしょうか。その結果、自身のアイデンティティを否定せず、ポジティブな気持ちで勉強にも取り組めるようになったため、成績が向上したのだと考えられます。

ビジネスパーソンの場合は、「一心精進」「創意工夫」「切磋琢磨」「有言実行」など仕事におけるモットーを選び、これまでのキャリアを通じてどう体現してきたか振り返ってみましょう。ステレオタイプとは関係なく、価値のある行動を取ってきた自分に気づくことで、周りの見方に流されない強さを身につけることができます。

②対話を通じて人生のストーリーを再構築する

自分の悩みを相手に語ることは、これまで気づいていなかった問題を可視化するとともに、聞き手の価値観と相対化させながら、自身のネガティブな思い込みをポジティブに変える効果があります。

重要なのは聞き手のスタンスです。「相手の悩みを解決してあげよう」などと思ってはいけません。語り手の物語を途中で遮ったり、否定したりせず、語り手の心に寄り添いながら、語り手が自らより良い解決策を見いだせるまで対話を繰り返すのがポイントです。

【STEP1:問題の外在化】

語り手:私は女性なのでリーダーには向いていません。優柔不断で判断するのが苦手だし、誰も私の言うことは聞いていないと思います。
聞き手:この話に名前をつけるとしたら何ですか?
語り手:えーっと、『リーダーに向かない優柔不断女性社員』?

★Point★悩みに名前をつけることは、問題を語り手の内側から外側へ切り離す効果があり、語り手自身がその問題を客観視できるようになります。

【STEP2:例外の発見】

聞き手:具体的に誰があなたの言うことを無視するんですか?
語り手:具体的に誰というわけでは......そういえば、この前のプロジェクトでは後輩が私の判断を支持してくれました。
聞き手:そうなんですね。先ほど優柔不断とおっしゃいましたが、そのプロジェクトではあなたが判断をされたんですか?
語り手:はい。
聞き手:じゃあ、あなたはいつでも優柔不断というわけではないですね!それと、あなたの職場に女性リーダーは一人もいないんですか?
語り手:隣の部署には女性のリーダーがいます。
聞き手:だったら、女性だからリーダーに向かないというわけではなさそうですね!

★Point★その問題に対して聞き手が反射的な質問をすることで、語り手がこれまでの思い込みにも「例外」があることに気づけるよう促します。
「自分の人生のストーリーにかかわる舞台設定や登場人物は、決してネガティブなものばかりでない」という気づきは、自らに貼り付けたレッテルを取り払う力となります。

【STEP3:ストーリーの再構築】

語り手:優柔不断な私だけど、いざという時は冷静に判断できるし、ついてきてくれる後輩もいる。隣の部署には女性リーダーの先輩もいるし、私もリーダーになれるかもしれません!

このように、ネガティブなステレオタイプに捉われている人が、対話を通じて人生のストーリーを再構築できるよう、上司やチームのメンバーが関わっていくことが求められます。

最後に

ダイバーシティが進む現代社会において、自分とアイデンティティを異にする相手と協働しなくてはならないシーンは今後ますます増えていくと思われます。
ネガティブなステレオタイプの枠に自分をはめ込み、可能性を限定してしまうのは非常にもったいないことです。ナラティブの力を使って、自分の人生のストーリーをポジティブに改訂していくことができれば、可能性は無限に広がります。

また、自分と違う相手との出会いを、自分が成長するための学びの機会として前向きに考えることも、ステレオタイプ脅威を克服する大事な一手となります。

同じ組織の中で、誰もがより良く働くための参考としていただけると幸いです。


※参考『ステレオタイプの科学』 英治出版 著:クロード・スティール、 訳:藤原朝子、 2020年出版

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