2022年8月01日
DX(デジタルトランスフォーメーション)をはじめとする変革を推進する企業で中途採用が急拡大している。多様な採用手法を活用し、専門的なスキルを持つ人材の獲得に挑む企業の取り組みを取材した。 (文・溝上憲文編集委員)
転職市場が活況を呈している。即戦力を求めて人材紹介会社に依頼される求人数は新型コロナウイルスの感染拡大によって2020年4 ~ 6月に大幅に落ち込んだが、その後徐々に増加し、今ではコロナ前の水準に回復している。特に36歳以上のミドル世代は2007年上期を100とした転職決定数は2021年上期には434%に達し、引き続き好調さを維持している(日本人材紹介事業協会調査、人材紹介大手3社の実績)。
中堅人材紹介会社の経営者は「求職者も一定数いるが、人材要件に見合う人が労働市場でなかなか見つからないというミスマッチも発生している。企業のニーズは専門分野を持つ高スキル人材に集中し、売り手市場になっている。管理系では経理・財務や人事、コンプライアンスの関係では法務といった人材がほしいという企業が多い。技術系ではITエンジニアなどデジタル人材の争奪戦が激しくなっている」と語る。
専門分野を重視する傾向が強まることで、50代以上の転職決定率も高まっている。エン・ジャパンが運営する「ミドルの転職」の集計によると、2017年の転職決定率は16.8%だったが、2021年は21.1%と上昇している。その背景について、エン・ジャパンの広報担当者は「高スキルの持ち主であればシニアであっても企業は採用するようになっている。また、30 ~ 40代の子育て世代などに比べて転勤の有無等の条件にこだわらないためにマッチングがしやすい」ことを挙げる。
職務内容と報酬を明確にして人材を採用・配置
● 2022 年度の中途採用計画(対前年度増減状況、n=11,749)
(出所)リクルート「2021 年度下半期 中途採用動向調査」
デジタル人材の需要は業種を問わず広がっている。コロナ禍で社会経済のデジタル化が一気に加速したことによって、既存ビジネスの盛衰やビジネスモデルが劇的に変化しつつあり、デジタル化を推進して新たな競争に打ち勝とうという経営者の思いがある。
例えばニトリホールディングスは、IT部門の人員を2032年までに現状の約3倍となる1000人に増やす計画だ。消費のデジタル化が進む中、IT人材の拡充を通じて自社のシステム開発を内製化し、競争力を高める狙いだ。
イオングループも2022年度の中途採用計画は前年を400人上回る約2900人に増やす。次世代型ネットスーパーの構築や来店客データを活用したシステム開発に取り組んでおり、デジタル分野などの専門人材など多様な経験を持つ人材の獲得を目指している。
専門人材を獲得するために採用手法も多様化し、特に候補者に企業が直接アプローチする「ダイレクトリクルーティング」を強化する企業が多くなっている。「人材紹介や求人広告は使いつつ、供給が不足している業種・職種に関しては自社の採用ページのクオリティーを高めて公募したり、自主開催のオンラインセミナーを通じて採用しようという動きも広がっている」(エン・ジャパン広報)という。
広告関連会社では、あらゆる採用活動を「専門性が高くないと採用しない」方針を掲げて展開している。
「中途採用は人材紹介会社に頼っていたが、近年は自社の採用ページを拡充し公募も実施している。リファラル採用もやっている。社員に対して『資格を持った人を教えてほしい』と依頼し、選考を経て採用している。人材紹介会社も引き続き利用しているが、最近は人材プラットフォームのスカウト機能も使っている。以前は人事の採用担当者が中心になって探していたが、スカウト機能を現場の担当者に任せ、この人がいいと言ってきたら、採用担当者が面接してオファーすることにしている」(同社人事部長)
ただし、スカウト機能に関しては欲しい人材ほど他社からも多数のアプローチを受けるため、実際に採用にこぎつけるのは難しい面もあるという。
専門人材が少ない分野は対象者を広げて探し出し、現場責任者がインタビューで知識と経験を見極めるEVのバッテリー関連メーカーでは、人材紹介会社を複数活用し、今年度はエンジニアを中心に100人程度の採用を予定している。同社の人事担当者は「EV関連の専門家は労働市場にほとんどいないので、周縁のスキルを持つ人を重点的に探し出している」と語る。
「部署ごとに専門性をチェックしながら採用している。専門性の高い部署の課長、部長がインタビューしながら、研究部門は化学分野、製造部門では機械工学や電気の知識と経験を聞き、当社の部門で生かせるのかをチェックして採用を決めている。もちろん事前の人材紹介会社の情報では当社の要件に合っていると思っても、部署ごとにインタビューするとちょっと違うなという部分もある」(人事担当者)
どの業種・企業でも引っ張りだこなのがDX人材だ。ただ一口にDX人材といっても会社の業務領域で活用できるのかを見極めるのは難しい。広告関連会社の人事部長は「当社にはDXをやってきた人がもともと少ないので採用しても育てられるのかという問題や、本人の専門性を有効に活用できるのかという点で非常に曖昧なところがある。また、専門性に特化した人が今は必要でも数年経っても必要なのかという見極めが難しい」と語る。
そこで同社が中途採用と並行して行っているのが新卒採用で「DX人材の卵」を採用し、育成していこうという戦略だ。同社は職種別採用を実施しているが、DXという募集職種・領域を設けているわけではない。
「大学でDXスキルを学んできたとはいえ新卒を育てるのは時間はかかるが、当社に合った人材を育成できるのではないかと考えた。といってもDXの職種の定義は難しいし、メーカーと違い、多く採用するわけでもない。各職種に応募してくる多数の学生の専攻や学科を見ながら人事部内で『この学生はDX人材じゃないか』と認めたら、事前に学生にアプローチして、この職種で応募してもらえないかと、スカウトのようなことをやっている」
専攻・学科でいえば情報工学系の学生やグラフィック機能を駆使できる学生、あるいは情報系の学科でAIを学んだ人、ロボット工学などIT分野のエンジニア系を中心に探す。目星をつけると部門の担当者と会わせてインタビューし、必要な人材とわかれば内定を出して確保することにしている。
コロナ禍の採用手法で急速に普及したのがオンライン面接だ。前出のバッテリー関連メーカーではオールオンライン面接で採用している。人事担当者は「当初はリアルで面接し、事業所を訪問してもらうほうが採用につながりやすいと考えていたが杞憂だった。オンライン選考に切り替えてから選考から決定までの時間がかからずに決まる確率が高まった」と語る。
同社ではエンジニアなど非管理職の採用は1回の面接、課長以上の管理職は2回の面接で採否を判断している。人材紹介会社が候補者の職務分析をしてくれるので事前情報が役立っている面もある。スピード採用の理由は「候補者は当社だけでなく、当然他社も併願している人が多い。面接に時間をかけると皆逃げてしまう。とにかくスピードを重視し、取り逃がさないように細心の注意を払っている」(人事担当者)
広告関連会社では最初の面接はオンライン、2回目の対面による部長面接で決まる場合もあるが、3回目の役員面接まで行く場合もある。それでもスピード重視は変わらない。
「中途は多くても面接は3回、しかも次の面接までの時間を短くしないと危ないと思う。オンライン面接が主流になり、候補者は1日3社の面接を受けることも可能だし、いつ断りの連絡が入るかわからない。実際に役員面接でも合格を告げ、役員と『よろしく』と挨拶しても、その日の夕方に候補者から断りの連絡が入ることもある」(人事部長)
採用を支援する多様なサービスが活用されている
● 主な採用支援サービスの内容
売り手市場の専門人材を獲得するために働く環境の整備に注力する企業も多い。例えばNTTグループは2021年9月にテレワーク活用による「転勤・単身赴任」を原則廃止する方針を打ち出した。また今年6月中旬には国内どこでも自由に居住して勤務できる制度を導入することを労使で合意した。共働き世帯の増加で転勤を敬遠する人も増えている。場所にとらわれない働き方をアピールすることで人材獲得にもつなげたいという狙いもある。
エン・ジャパンの「転勤に関する意識調査」(22年6月20日発表)によると「転勤が退職のきっかけになる」と回答した人が64%に上っている。また、テレワークを軸とする働き方が主流になり、転職サイト大手のビズリーチでは2022年1 ~ 3月の「勤務地不問の新規求人」はコロナ前の19年10 ~ 12月比で11.3倍に増えている。
また、専門人材の獲得には報酬額の見直しも不可欠だ。転職時の平均決定年収も2020年以降、徐々に上がっている。広告関連会社の人事部長は「中途採用の値上がり感は非常に感じている。実際にスカウトオファーにおいては報酬の競争になるケースが多い。従来は経験年数と年齢を考慮して若い人であれば当社の社員と同程度の600万円程度を提示していたが、それでは採れなくなりつつある。賃金等級の1つ上の等級に上げて700万円で採用するように検討している最中だ」
採用競争に勝つために従来の提示年収を超えた額で採用しても、期待外れの結果に終わる可能性もあり、人事部の覚悟も問われる。報酬に限らず、採用手法を含めた人材獲得戦略をどう描くのか、各社の力量が大きく試される。
配信元:日本人材ニュース
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