アンラーニング(unlearning)とは、今まで学んだ知識や既存の常識を意識的に捨て去り、新しく学び直すことです。「学習棄却」「学びほぐし」などとも呼ばれます。
似た意味の言葉で、現在、新聞や雑誌で良く目にするようになった「リスキリング」や「リカレント」があります。どちらも「能力の再開発」という意味ですが、 「リスキリング」は、組織が主催して行うもので、最近ですと、DX推進や不採算部門から営業部門への職種転換する際に新しい知識やスキルを習得させることを目的としてよく実施されています。
「リカレント」は、個人で自己啓発や自己研鑽を行うもので大学などの教育機関などで、一般教養やリベラルアーツ、簿記の会計知識などを学ぶプログラムがあります(学校教育の学びの後、再び就労・余暇期に学ぶのが リカレント(=再び流れに戻る)本来の意味)。ビジネスの文脈でいうと、働いていた職場や仕事に復帰するために、以前に身につけていた知識やスキルを中心に学び直すことです。
「アンラーニング」は、両者との関係でいうと、「個人」による学び直しで、環境の変化が激しい現代の中でも、継続的な成長を図るために、どのように、自分の知識、スキル、ノウハウをアップデートしたり、新しいものをキャッチアップしたりするか というメソッドとなります。
グローバル化が進み、テクノロジーの進歩が目覚ましい今の時代は、過去からの延長線上に未来を見通すことがほとんど不可能になってきています。私たちを取り巻く環境がこの先大きく変化する中で、従来のやり方に固執し、また自身がこれまでに身につけてきた経験だけを頼りに生き抜いていくことはできません。
だからこそ、現在のビジネスパーソンには、常に知識や考え方をアップデートしたり、新しい知識や考え方を吸収しながら、時代をキャッチアップしていくことが求められています。
また、これまでは、同じ枠組みの中で知識・経験を積み上げる形の「積み上げ型の学習」で成果を上げることができました。この積み上げ型の学習は、次に何を学習すればよいかが明確であり、すでにそれを習得した先輩社員というロールモデルがいるという環境では有効ですが、VUCAの時代で枠組み自体が大きく変化する環境の中では、積み上げ型の学習とは違う“新たな学び”が必要となってきています。そうした時代の要請を受けて、注目されているのが「アンラーニング」となります。
しかし人間は、特に現在の環境が安定していればしているほど、変化を好みません。また、優秀な人は自分が以前に勝ち取った「成功体験」が足かせになり、そのパターンをなぞることで成果を上げることに慣れ、変化を嫌がります。そうした現在の居心地が良いコンフォートゾーンから抜け出すためにも、アンラーニングが効果的です。
アンラーニングを行うためには、学び直さなければいけないという「契機(chance)」があり、そのチャンスを捉えて、どのように知識・スキルをアップデートする必要があるかを「内省(reflection)」して、実際にその考えたことを「行動(action)」して成長するというプロセスをたどる必要があります。
1つずつそのプロセスにおける留意点や必要な行動についてみていきます。
継続的に成長するためには、普段から成長できるチャンスをつかんだり、きっかけを逃さずキャッチアップできたりするような、前向きな/主体的なマインドが必要となります。
具体的には、
などが挙げられます。
逆に、気をつけたいマイナスの意識、思考は以下のようなものとなります。
どんなに優秀な人でも、困難な状況に追い込まれた際は、気持ちが弱くなるものですが、苦しい状況でも、それを受け入れて、より良い結果を導き出すように気持ちを向けないと、物事が前に進みません。行動しなければ、現状の苦しみから逃れることはできませんし、将来もずっとその苦しみは継続します。苦しみに蓋をせず、苦しいこと、やりたくないことほど、それに真正面から関わっていくことが、その人の当事者意識を高め、結果的に成長を早めることになります。
環境に慣れてしまったり、実践結果の予測がついてしまう経験が続いたりすると、どうしても効率的に動くことばかりに意識が向きがちになり、新しい気づきが得にくくなります。
どのような経験をすると自分が成長するかは自身の頭の中だけでは判断できませんし、現在のような予測不可能なビジネス環境では、成長から逆算してやりたい経験だけを選ぶことも難しくなっています。
スタンフォード大学のクランボルツ教授は、様々な経験や機会をプラスに活かすプランド・ハプンスタンス・セオリー(計画された偶然理論)を提唱しました。このキャリア論の中では、以下の5つの資質が経験をプラスに活かすとされています。
<経験をプラスに活かす5つの資質>
1. 好奇心:自分の知らないことなど、どのようなことでも積極的に関心を持つ
2. 持続性:一度はじめたら、手応えや結果を出すまで、あきらめず続ける
3. 楽観性:意に沿わぬ異動や転職でも、自分のキャリアや人生の好機と捉える
4. 柔軟性:どのようなことでも受け入れられる許容力と柔軟性を持つ
5. リスクテイク:大変でも、それを乗り越えられれば、新たな成長があると考え、恐れずチャレンジする
以上の5つのことを意識してチャレンジしていきます。新たに行うことになった仕事をマイナスに捉えず、「自分の新たな可能性を試す機会」として積極的に受容していくと、経験を新たな学びとすることができます。
特に重要となるのが、経験を楽しむ好奇心とチャレンジ精神です。経験は良いことばかりではありません。難しい仕事や面倒なことを引き受けたり、失敗して恥をかいたり、苦労が伴ったりすることも多いでしょう。
しかし、「これは自分の新たな可能性を試す機会なのだ」と経験を積極的に活用する姿勢こそが、学びを深めていきます。先の見えない時代に成長していくことは、偶然に身を任せ、その時できることを一生懸命に頑張って積み重ねること、と言えるでしょう。
優秀な人、仕事で成功した人は向上心が強い方が多いですが、時には、その自分の卓越した仕事の仕方(勝利の方程式)や成功したスタイルが足かせとなり、自分のスタイルに固執することで、さらなる成長を阻んだり、柔軟にあらゆる状況に適応する力が失われたりすることもあります。
そのような自分の得意なスタイルに執着することの注意も含めて、自分で変える必要がある部分を見定め、その成長に向けてどのように行動していくか計画を立てていきます。
内発的動機によって成長に向けた行動を行うこと(主体的に自らの成長を意識し続けること)が一番良いですが、上司や組織からの辞令など、何か外側からの刺激、圧力(外発的動機)により、変化を求められることも多いかと思います。
下記は発達的挑戦(ストレッチ)と呼ばれる、成長につながるための困難な経験です。このようなことは、本人としては少し気後れしたり、やりたくないなと思ってしまったりしますが、逆にチャンスと捉えて、成長につなげていく姿勢が重要となります。
①不慣れな仕事
まだやったことのない分野の仕事や、苦手意識のある仕事はやりたくないのが本音ですが、苦手で知識、スキルが無い分、伸びしろも大きいです。
②前例のない新しい事
自分自身はもちろん、上司・先輩も、また組織としても未経験の仕事にチャレンジすること。これは不慣れな仕事なのでより困難が伴いますが、こうしたことに関われるチャンスはめったにないと前向きに捉えられることが重要となります。
③高いレベルでの責任が伴う仕事
組織の代表として交渉事に関わるなど、仕事の成果の最終責任者となる、これまで経験したことのない重さの責任を負う立場で仕事をすることも成長につながります。
④組織を横断して取り組む仕事
他部署や他社の人が混在するメンバーと関わりながら行う仕事をすることも、他部門の仕事の内容、利害関係者との調整の進め方といった新たな学びが促進されます。
上記の発達的挑戦(ストレッチ)的な仕事はなかなかすぐには、うまくいきませんが、先にみたような言い訳や愚痴、あきらめの姿勢などのマイナスの意識、思考に陥らないように注意して継続することが重要となります。
また、具体的なビジネススキルや仕事のノウハウのアンラーニング事例は以下の通りです。
①仕事の進め方や手順
上司や先輩から教わった仕事の進め方も、自身で確立した仕事の手順といったものも、その時点においてはベストなやり方であったかもしれません。
しかし、当時から時間が経った今、仕事を取り巻く環境も、また、自身のスキルレベルも大きく変わっています。今の状況に合わせたやり方にシフトするためには、これまでの「進め方」や「手順」といったものをアンラーニングする必要があります。
②顧客やマーケットの捉え方
ビジネスの相手であるお客さまも変化しています。お客さまの期待に応えようと思っていても、そのお客さまの考え方や嗜好に対する認識や、それに応じるこちら側のスタンスが古いままだと、期待に応えることができません。また、異業種からの参入が激しい今日においては、マーケットの枠組みの捉え方も、常に見直しをかけていく必要があります。
こうした、顧客やマーケットの捉え方といったものもアンラーニングの対象となります。
③人の考え方や価値観
最近の若い世代の考え方は、それ以前の世代の若い頃とはかなり変わってきています。しかし、旧来通りの「若手はこうあるべき」という考え方のままで接していると、効果的な指導ができないばかりか、離職を誘発してしまうかもしれません。
こうした、「考え方」や「価値観」といったものもまた、アンラーニングの対象として捉える必要があります。
④マネジメント方法
人の考え方が変われば、その人をマネジメントするやり方も変える必要があります。
同質性の高い組織を前提にしたかつてのマネジメント手法では、現代のような多様性の高い組織ではうまく機能しません。大量生産を命題とするマネジメント手法では、イノベーションを生むための組織マネジメントはできません。マネジメントのし方もまた、アンラーニングを検討すべきものといえます。
⑤自分自身に対する理解
「自分はこういう仕事が好き」、「自分にはこういう仕事は向いていない」といった、自分自身に対する思い込みもまた、アンラーニングの対象となります。ここからさらに一段上のステージで仕事ができるようになるためには、これまでの自分の殻を壊す必要があります。自分自身が決めつけてしまっている限界も、アンラーニングによって突破することができるのです。
上記の観点を実践できれば、得られる学びが大きくなります。上司や先輩など、他者からのフィードバックを受ける際は、厳しい意見でも柔軟に耳を傾けましょう。自分に肯定的なフィードバックだけではなく、批判さえも“自分と違う考えに触れる経験ができラッキー”と、前向きに受け容れる姿勢が必要です。
自分の想定内の経験より、想定を大きくはみ出した、予定調和でないスリリングな体験の方が、得られる気づきや教訓が充実したものとなります。
以上、内省のプロセスでは、成長につながるようなひと皮むける経験に対して勇気を持ってチャレンジすること、仕事の手法やマネジメント方法、時代の変遷によるマナーの常識や考え方の違いについて知識やスキル、情報をアップデートすることが必要となります。
アンラーニングの対象が決まったら、いよいよ行動に移すことになります。
とはいえ、必要以上に構える必要はありません。
やってみて上手くいかなければ元の「やり方」や「考え方」に戻せばいいだけの話ですし、むしろ、試行錯誤を行う中でどんな変化が起きるのかを楽しみにしながら取り組むくらいが丁度いいのです。
①行動を変えるには“強制”が必要
アンラーニングを実行に移すにあたっては、“ためらい”や“面倒臭さ”といった壁を乗り越えなくてはなりません。どうしても変えなければならないという切羽詰まった状況にあるわけではないし、できれば余計なことはやらないでおきたいと思うのが人情です。
そこを乗り越えて、慣れ親しんだ従来のやり方を捨て、あえて違うやり方を自分に強制することができるかどうかが、アンラーニングを成功させられるか否かを分けることとなります。
②行動を通して新たな「やり方」「考え方」を模索する
今までの「やり方」や「考え方」を棄却し、新たな「やり方」「考え方」を導入するにあたっては、試行錯誤を避けては通れません。最初のうちは不慣れによる非効率も覚悟する必要があり、その中で想定外の問題が発生することもあります。
そうした中で、新たな発見や予測していなかったメリットを見出していくことが、アンラーニングの真骨頂なのであり、ネガティブな面にばかり目を向けていると、本来の効用を得ることができなくなってしまいます。
③「元に戻す」こともあり
行動しながらそこで生まれる変化をモニタリングしていくことが、「行動」のステップでは重要になります。行動の過程で修正を加えながら、新たな「やり方」「考え方」を確立していきます。
もちろん、なかなかアンラーニングの効果が見えない状況が続くようならば、いったん元のやり方に戻すことがあっても構いません。
アンラーニングを通して、「元々のやり方が優れていたことをあらためて認識できた」というのもひとつの成果と捉えましょう。
元日の日に「一年の計」を立てる人は多いですが、それを1年間継続して実践できる人はほとんどいません。人は計画するまでは高揚して行いますが、実際に普段の仕事をやりながら成長するための行動を同時にするのは大変なことです。日常という重いルーティンが足かせになり、実践者を苦しめます。成長するまでの道のりは時間がかかりますので、ずっと張り詰めたままだとアンラーニングの活動は長続きしません。
成長したら、「先輩や上司と同じレベルのアウトプットを出せる/話すことができるようになれる」「どのようなお客さまの要望でも対応できるようになる」など、その成長を遂げた後の輝かしい未来をイメージしながら、自らを奮い立たせて、着実にやるべきことを継続して行っていくのが良いと思います。
成長のための活動は、地味なことを継続して行う必要がありますが、実際の成長は、漸進的というよりは、非連続な成長、つまり突然飛躍的に突き抜けるように成長するということが多いです。
来るべき成長に向けて、アンラーニングを定期的に実施し、持続的に成長を繰り返すことを実現いただければと思います。
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